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仏教 Q&A

 以前関わったYBA_Tokaiの広報サイトの「Q&A」コーナーの抜粋です。平成9年6月より平成17年7月まで質問を受け付け、返答は主に小笠原信水が勤めました。

 

仏教 Q&A    総括
悔いなく生涯を過ごす事は出来るのか?
正定聚に住するがゆえに必ず滅度に至る
災害と運命論の問題点
痛ましい無常の道理から何を学ぶのか
本地垂迹説について
仏と神の関係を明かにする
仏教における「親孝行」の定義
真の宝を相続させていただく
「他力本願」は、他人の力に依存すること?
自立と言えどおかげなりけり
「唯だ一たびのこの命」という厳粛さを
死後の世界や輪廻転生の邪説を批判
名号のはたらきと勅命
如来に見出された聞法精神
仏教と気の思想の関係について
菩提心を主体として養生につとめる
他の生き物と人間の関係
浄土で出あうということ
正定聚・不退転の菩薩について
菩薩の内容と実践方法
仏教とキリスト教の違い
様々な観点から
無碍の一道と現世利益
無碍光は自在のはたらき
阿弥陀仏の救いとは具体的に何ですか?
玉石混交の仏教の歴史を見直す中で
迷信の有害性について
人生を破壊しかねない洗脳の毒
行における本尊の位置づけ
本願力回向の名号のはたらきによって
法身と報身の違い
色や形や名を現わし兆載永劫の修行を積んだ仏
自然と社会と仏教の関係
肉体にも現われた浄土の願い
死=阿弥陀如来?
真実報土に往生し滅度に至る
真宗では「愛」をどうみるか
すべてのものは矛盾的に存在している
即往生するのに何度も法要を繰り返す訳
「即得往生」とは「願往生」のこと
釈尊と阿弥陀仏の関係2
覚った人と覚りの内容
地獄・極楽の分かれ目と麻原が救われる可能性
供養と殺生
浄土理解の相違点
司馬遼太郎の理解は正しいのか
ロン毛で茶髪の青年僧について
仏法の体現者としての姿勢が問われている
どのような心でお経を読むのか?
人生の問いをもってお勤めする

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仏教 Q&A    03
シャーマニズムと仏教
宿業をふまえた教化活動を
仏壇の必要性と因縁話
家の精神的中心であることの重要性
仏教の死生観と葬儀・遺骨について
尊い今のいのちを生き切ること
三願転入と展開
往生の因である三願に真仮あり
後生の一大事について
真実信心に導く因
存在の有無や始まり、最終地点について
全ては私たちの足元から
自己探究は危険?
修行が縁となって魔が現われる
仏像造りは釈迦の意志に反している?
「法灯明」の表現/自然崇拝と仏教
仏・菩薩の必要性
大乗仏教の本質として
真宗では具体的にどのような勤行をするのか
心だけでなく、身を問題とする
仏陀自身への帰依は否定しながら、三宝に帰依する訳
自灯明・法灯明と仏法僧の関係
「白法隠没」について
浄土の経典だけはいつまでもとどめる
法無我と仏の存在は矛盾する?
大乗の法は声聞・縁覚の二乗に堕ちることを避ける
先祖供養や厄払いの祈祷に意味はあるのか
真の供養と偽の供養の違い
「十宝」とは
往生論註にある観察門の註釈
浄土往生は即成仏と同義語でしょうか
信心の本質が身に満ちて外に表れる
結局、本尊とは何か?
法性法身と方便法身の関係
「いのち」を「命」と表記しない理由
教えに育てられた感覚が漢字を選択してゆく
複数の宗派の仏壇を安置してもよいのか?
家族みんなの気持ちを考えて
知的障害者は浄土へ参れないのか?
本願は心に響くまごころ
浄土真宗・阿弥陀仏の事を深く学ぶ方法
ご縁を尊び、本願を学ぶ環境をととのえる
お浄土での日々の暮らし
浄土は生死を越えて心の通う場所
浄土宗と浄土真宗の違い
宗旨の違いに固執せず仏道を歩もう
葬式でお経を読むのは死んだ人の供養のため?
お浄土には青い蓮の花はあるのですか?
如来の功徳の力によりもたらされた世界
自力諸善をしりぞけられた訳
如来の真意を聞き開き、新たな展開を
五十二位と、親鸞聖人・蓮如上人の教学の違い
肝要は同じだが、立場の違いが影響
鐘の意味や歴史
時を告げ法要の始まりを知らせる打物
第十八願の信心の疑問
念仏者は人中の分陀利華

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仏教 Q&A    02
仏壇にロウソクを立てる意味
光明は如来の智慧と徳のはたらきを表わす
浄土真宗にとって「菩提心」・「浄土」とは?
慚愧・懺悔とともに菩提心をおこす
浄土真宗と祈り
「念」や「祈り」の中味が問題
三大宗教の存在に矛盾は無いのでしょうか?
求道の動機と理性の役割
仏教は多神教か?一向宗だけがなぜ宗教戦争をしたのか?
風土と宗教の関係を含めて
登高座(礼盤)について
礼盤と荘厳の意味
浄土真宗の基本
仏事の意味と教えの基本
お墓に足を向けたらいけない?
おそれではなく、尊敬の気持ちで
大行についての疑問
名号に込められた深い願い
浄土真宗のお盆
偏った愛から純粋な慈悲に
ふたたび本尊について
仏像に刻まれた深い願い
本尊と御真影について
下付を本山が「独占」する問題と、御真影の扱いについて
ご本尊の形態について
名号・絵像・木像の違い
家族だけでお経を読む方法
お勤めの意義と詳しい手順
モラルについて
どこに自信の裏付けを求めるのか
問題意識をもった僧侶はいないのか
人生の不勉強からくる誤解
なぜ仏でなく、菩薩となって還ってくるのですか?
菩薩は常に私と新たな関係を構築する
極道について
個人と組織の問題
社会的使命感と雑毒の善
信心の喜びは大悲佛心の喜びを得ること
仏教でも除霊をするの?
外儀は仏教のすがたにて 内心外道を帰敬せり
機(闇)と法(光明)どちらを先に観るべきか?
如来は衆生の闇を観て、衆生は如来の光明を仰いで
浄土真宗には善の勧めはない?
念仏にはすべての行が凝縮されている
魔物の根はどうやって枯らせることができるか
煩悩の氷を融かし覚りの水に転じる
仏教は最終的に何を目指す宗教なのですか?
本当の自分をみつけ、人としての完成を目指す
なぜ涙が自然とあふれ出るのか?
如来の心は大悲の親心
業道輪廻転生を否定する、これで仏法者か
「善悪」ではなく「信」に仏教の中心軸はある
「雑行を捨てよ」とは?
気付かずに迷信や雑行に陥る人々を如来の回向が救う
「還浄」という用語について
教条主義的な言葉狩りは止めるべき
六道輪廻の迷信性
釈尊の真意は輪廻思想の批判
「正行」と「雑行」について
仏徳讃嘆を要にし、扇が大きく伸び伸びと開くような人生に
真実信心を獲たか否かは、ハッキリわかるのか
如来は私の分別心を超えて常にはたらく

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仏教 Q&A    01
信心定まった人は死後の行く先がハッキリするのか否か
如来とともに歩む人生を
真実の信心か否かはどうやって見分けるの?
真剣に、しかし凝り固まらず
「至誠心」を持つとは具体的にどういうこと?
大経と観経の三心について
「主体的な自己」と「《流転する》の真意」
自他一如の世界が開かれる過程において
仏陀が悟った真実とその方法
動的な視点に開く安らかな境地
難解なお経を読む意義と作法について
形の中に誠実な心を込めていく
般若心経をあげてはいけないのでしょうか?
真宗門徒が『般若心経』を読まない訳
死んで浄土へ往生できる人とできない人
南無阿弥陀仏そのものになってゆく
死んだらどうなるのだろう
阿弥陀如来と同体のさとりを開く
現象利益を説かなければ新興宗教に負ける?
真実の現世利益は現生正定聚の益
浄土真宗の考える平和への道
抽象論では平和を語れない
他力にすがっていては問題解決の能力を奪ってしまうのでは?
他力といふは如来の本願力なり
「正義は負けろ」の意味
二種の負け姿
火葬と土葬の違いについて儒教との関係
混交化の歴史と純粋化の歴史
「父母のために念仏したことはない」の真意
「一子地」と「回向」の主体から
はからいを捨てることは求道心も捨てること?
不可思議が思議を無限に誘発せしめる
いのちより大切なものとは?
「正定聚」が生死の問題を超えて人生を成就する
経典結集の歴史
仏教発展の経緯と同調して編纂
法名(戒名)や布施の値段
ご先祖様をランク付け?
浄土真宗では座禅を禁止しているのでしょうか?
宗教の中心軸をどこに置くか
浄土真宗と法華経など諸経との関係
阿弥陀如来の願力自然の内にある諸経典
仏教徒とチャペルでの結婚式
仏前結婚式での衣装・指輪・宗派の問題
同性婚の仏前結婚式ってできますか?
教学上の問題と現実の問題
花岡大学について
児童文学と仏典童話の大成者
寺院における女性の立場
僧侶の妻としての立場を教義として確立
「葬式仏教」と呼ばれることについて
仏教教団の栄光と挫折
訓読みのお経について
教学と布教の重要な手段
往生論註の「願生」について A
有限の身に満たされる無限の功徳
往生論註の「願生」について
不一不異の道理
上座部仏教について
出家者と在家者の求めるもの
阿弥陀如来像(仏像・絵像)は偶像か?

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仏教 Q&A    00
「供養」について
浄土真宗における墓の認識
宗名問題 「浄土真宗」と「真宗」について
なぜ人を殺してはいけないの?
釈尊と阿弥陀仏の関係(仏像のモデル)
全ての人が救われるのか?
仏教の人権論
「我欲」と「我欲でない望み」の境目
お香(線香)について
仏教で言われる「自力」とは
『自己を捨てる』ことの誤解
「運命」と「宿命」・「宿業」について
他力の真実とは
難信の法など信じられる人は少ない?
浄土真宗の簡単なお経
現世での救い十種
『悪人正機』と悪人の概念
人権問題と仏教の教理
アショーカ王の功罪

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仏教 Q&A   
仏教徒とクリスマス
ろうそくの色について
仏陀の入滅前後
煩悩即菩提について
正統な仏教理念と人々の生活
「ごたいげさま」の意味
真宗教団各宗派の分れた理由
唯識教学における世親の位置づけ
六師外道の思想について
信心の実践について
葬式の挨拶について
六道輪廻と浄土について...
お盆について...
浄土真宗には魂という概念が無いと聴きますが...
空の概念と虚無の概念の違い...
煩悩が108あるといわれますが...


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 当ホームページはリンクフリーであり、他サイトや論文等で引用・利用されることは一向に差し支えありませんが、当方からの転載であることは明記して下さい。
 なおこのページの内容は、以前 筆者(小笠原信)が編集長だった『浄土真宗やっとかめ通信』(本願寺派東海教区仏教青年連盟広報サイト ※現在は閉鎖)に掲載していた文章を、自坊の当サイトにアップし直したものです。
浄土の風だより(浄風山吹上寺サイト)