平成アーカイブス 【仏教Q&A】
以前 他サイトでお答えしていた内容をここに再掲載します
|
家の真裏に墓地がある場合、寝る時はお墓に足を向けたらいけないんでしょうか?
また、他に暮らすにあたり気をつけることはありますか?
墓地や葬式に関することは、普段、私たちは死の問題を意識せずにいるためか、関わらざるを得ない状況になって初めて周りに聞くことになり、聞かれた方もよく考えもせず噂で耳に入ったことを無批判に喋ったりしますので、どうしても迷信が入り込んでしまいます。
迷信に関しては、具体的に言えばきりがありませんし、紹介するつもりもありませんが、とにかく<「たたり」や「おそれ」から逃れたい>という意味で気にするのでしたら、その必要はありません。とりあえずは「どちらに足を向けて寝てもかまいません」とお応えさせていただきます。
また、墓地が近くにあるから、ということで、何か関わりあいになるのを避けたりおそれたりする必要はありません。そういう意味で「暮らすにあたり気をつけることはありますか?」と聞かれるのでしたら、まずは「普通の暮らし通りで結構です」とお応えさせていただきます。
しかし、<人々が拝みにみえる場所である墓地に対して、足を向けていることに何か違和感を感じる>という気持ちでしたら、無理に否定しなくてもよいでしょう。
考えてみますと、墓地は物理的には単に<骨を納めた場所>に過ぎませんが、そこを訪れる人たちにとっては、親兄弟との語らいの場であり、尊敬の思いが込められている場であることを大切にしたいのです。
お墓を前にして思うのは、まずは目の前にある通り<無常のいのち>ですが、この無常なる一生を無常ならざる願いで満たして生き切られたご先祖様かたがたへの尊崇の念は限りがありません。またそれは、私に<死んでも悔いの残らない人生>を勧め<生き甲斐をもって生き切る人生>を願わせていただくご縁となります。
かつて、サーリプッタ(舎利弗)は、修行僧のアッサジの導きで仏教に帰依できたことを感謝し、忘れず、決してアッサジに足を向けて寝なかった、と聞きます。こうした逸話がある通り、尊敬する者に対して「足を向けて寝られない」という気持ちは古今に同じでしょう。
ですから、礼拝の場としての仏壇に足を向けることも、条件が許す限り止めていただきたいし、墓地も、<尊敬の念から足を向けないように心がける>ということでしたら、同様の意味で大切にしていただきたいと思うのです。
最初に書いたことと矛盾するようですが、要は、<お墓やご先祖様をどのように見させてもらうのか>が問われるのです。
眼を背けるのか見つめるのか、祟りをおそれるのか尊敬するか、避けるのか受け入れるのか、亡者と蔑むのか仏として拝むのか――こうした問いを深く見つめ、仏法に学んでいくと、墓以外のことについても自ずと行動の柱が決ってきます。
最終的には、自らが道を決定できるように導くのが仏教ですから、こちらから強制はしませんが、まずは迷信的なおそれは取り去っていただきたいと思います。また、間違っても方角の吉凶や日柄の良し悪しを決め付けるような人の指導は仰がないで下さい。これは時間や空間や生命を侮辱することであり、迷いを覚りに転じる機会を失ってしまうからです。