平成アーカイブス 【仏教Q&A】
以前 他サイトでお答えしていた内容をここに再掲載します
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司馬遼太郎の「十六の話」〔訴えるべき相手がないまま〕(中公文庫P303)を読みまして、親鸞の言わんとしているところとは違っていると思いました。司馬遼太郎の文章は次のような表現です。
「この世紀〔十三世紀〕に、日本的なユートピア願望の宗教がうまれました。ただしこの場合のユ−トビアは地上になく、死後の世界−彼岸−にありました。」 (中略)
法然、一遍、親鸞が「捨てよ」というのは「心の中のはからいを捨てよ」という意味で、いわば形而上性の高いものです。
それだけにかれらの望む精神に達することは困難なのです。 (中略)「死は、五蘊が分解し、虚空に散ります。となると、さきにのべた法然、一遍、親鸞の思想でいう「彼岸」(あるいは浄土)へは、人間を組成する何が行くことになるのでしょう。行くべき何物も人聞は持たないのではないでしょうか。
従って彼岸とか浄土とかというのは、単なる死のやすらぎにすぎない、ということになりかねません。
このあたりの矛盾もしくは疑問について十三世紀以後のひとびとは薄々気づきつづけていたために、右の三人の偉大な思想も、いまでは多分に人々の死を荘厳にするための儀式−つまり葬式−だけをおこなうという結果に、なりはてているようにも思えます。」
1, この前半部分(彼岸・浄土)は間違っていないでしょうか。
親鸞の言う彼岸は浄土と稜土、彼岸と此岸は聖と俗という宗教的な区別ではないでしょうか。この宗教的な区別を肉体的な生と死という非宗教的な区別にすりかえて規定しているところに司馬遼太郎の誤りがあると思うのです。
解ったようなことを書きましたが、星野元豊先生の講解教行信証の引文です。
2, 「それだけにかれら(法然、一遍、親鸞)の望む精神に達することは困難なのです。」司馬遼太郎の見解はどうなんでしょう。
3, また、後半部分の葬式仏教に対する司馬遼太郎の示唆はどうなんでしょうかね。
それにしても、司馬遼太郎はさすが文化人、博学ですね。この本でも華厳経の話をたくさんなさっています。
以上、愚言してみたものの、私は「真仏土」の法話をもう少し聞かないといけないと思っている未熟者です。 以上
司馬遼太郎の理解を云々する前に、「そもそも浄土とは何か」、「数ある浄土の中で阿弥陀如来の浄土はどういう位置をしめ、その浄土に往生することを願うとはどういう意味か」、「親鸞聖人の浄土観」を明らかにし、司馬氏の理解を検証してみましょう。
「仏教」というのは、「仏の教え」という意味と、「仏に成る教え」という2つの意味があり、どちらが欠けても本物の仏教ではありません。教えを説く人が覚っていなければ末通った真実の教えにはなりませんし、仏に成れない教えでは絵に書いた餅で、自分にとっては参考になるだけで歩むことはできません。
ところで、全ての仏は必ず浄土を建立します。浄土は、菩薩であった時に立てた誓いが完成して得られた境地であり国であり覚りの内容で、仏に成っていきなり浄土ができたのではありません。菩薩の段階において用意周到に準備されたものなのです。
ですから、浄土を見ればその仏の内容がわかるのです。仏と浄土は不二なのです。これを結果から原因に戻ってみれば、仏に成るための一番確実な方法は、各自の浄土建立の誓願の内容を、真実に報いたものにしていくことなのです。願いが個人の成仏にとどまらず、一切衆生に開かれていれば、その証は広く開いて示されるのです。
真実信心について言えば、自らの浄土を建立する誓願を建てることができた段階が正定聚・不退転の菩薩なのであり、真実に適った誓願を持たない人は退転の菩薩です。自らが王となって自分の国(世界・環境)をつくりかえる決心ができなければ、本当の信心ではないのです。もちろん誓願の完成は法雲地満位の菩薩(一生補処・等正覚)でしょうが、歓喜地において既に準備がなされていなければなりません。これが「領解」であり、領解の内容を師や同朋によって確かめたり、参考にしてもらうために、浄土真宗では自らの領解を皆の前で述べあうのです。
手探りで道を求めている退転の菩薩の段階では、心が決まらず、自分の立っている歴史的・社会的場所も見えないので、何が正しい道なのか、どの方向に自分の人生を集約させ、展開すればいいのかわかりません。また、真実の教えに出遭っても、人生に対する問題意識の無い人は、教えの内容が自分の誓願になりません。ただ「ありがたい」と思い込み、思い込ませているだけで、本当に生きる力となって生活に発揮されてこないのです。
しかし経典や教行信証には「一切衆生悉有仏性」とありますように、迷いながらも、生まれて以来(本質的にいえば歴史的に)宿している真実を求める心(求道心・菩提心)が誰にでもありますので、真実に出遭った途端に、私のまごころが感応するのです。まさに、「穢を捨て浄を欣ひ、行に迷ひ信に惑ひ、心昏く識寡く、悪重く障多きもの」が、「如来の発遣を仰ぎ、最勝の直道に帰して、もつぱらこの行に奉へ、ただこの信を崇めよ」と出会うのです。これが信心獲得を象徴しています。
この出会いの瞬間が衝撃的な人は「この瞬間に開けた」という体験をするでしょうし、もっと心の奥底で出会った人は「知らず知らずのうちに獲得していた」、「気が付いたら開けていた」という領解になります。
さらにいえば、領解は幾度も脱皮を繰り返します。『大無量寿経』では5度生れの法(欲・至心・信楽・欲生・仏)を説いてみえますが、小さな脱皮は常のことであり、信心は日々新たに生まれ変わると言って良いでしょう。そうでなければ信心が抜け殻になって法執に化けてしまいます。法執は我執より始末が悪く、自他を苦しめていることにさえ気付くのが遅れてしまいます。古来より宗教者の犯罪は数え上げればきりがありませんので、僧侶は特に法執には気をつけなければならないでしょう。
このように、浄土となっていない迷いの段階の世界であっても、方法さえつかめば仏土となるので、「一切衆生悉有仏性」と眼見する仏は、迷いの衆生の世界でも「仏土」と拝んでいるのです。これは例えば『阿弥陀経』には「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、名づけて極楽といふ」とありますように、決して衆生を見下してはいません。ですから、たとえ真実信心を得た正定聚の菩薩も、如来の見られた仏性を聞見せず衆生を見下して法を説くことは菩薩の死である、と言わねばならないでしょう。
しかし迷いの衆生の仏土はまだ浄まっていませんのであくまで「化土」であり、衆生は順縁・逆縁を参考とする「化仏・権化の仁」であって、相手が仏そのものなのではありません。このように言葉はきちんと使い分けをしないと、教学が混乱しますので注意が必要でしょう。
仏となるためには「自灯明」の原則どおり、私の世界が仏土として完成しなければなりませんが、各人各様が身勝手な世界を作り上げても、互いの心が通わず浄土とはいえません。そこで真実の「法灯明」が必要となってきます。
法灯明の中でも、正しい人生観と覚りの内容を完全に説き明かされた『仏説無量寿経』が最高に素晴らしい法ですので、この経に随って自らの国土を浄土化していく方法を私なりに聞いてみますと――
衆生は、はるか昔から、月の光や山や華や海などの自然から多くのことを学び、やがて社会を作り出し、この社会において各時代の要望を適えて覚りの功徳を示し弘めることが問題となった(錠光仏以来の53仏)。これらの歴史を背負った理想的な師を「世自在王仏」と申しあげ、人間の求道精神を代表して「法蔵菩薩」と名づけ、私たち個人個人の求道精神をいかに深めて純化し、いかに功徳を世に展開するかを象徴的に顕したのです。
親鸞聖人は、真如法性と阿弥陀仏の関係を以下のように書いてみえます。
一実真如と申すは無上大涅槃なり。涅槃すなはち法性なり、法性すなはち如来なり。宝海と申すは、よろづの衆生をきらはず、さはりなくへだてず、みちびきたまふを、大海の水のへだてなきにたとへたまへるなり。この一如宝海よりかたちをあらはして、法蔵菩薩となのりたまひて、無碍のちかひをおこしたまふをたねとして、阿弥陀仏となりたまふがゆゑに、報身如来と申すなり。これを尽十方無碍光仏となづけたてまつれるなり。この如来を南無不可思議光仏とも申すなり。
『一念多念証文』18より
意訳▼(現代語版 より)
一実真如というのはこの上なくすぐれた大いなる涅槃のことである。涅槃とはすなわち法性である。法性とは如来である。宝海というのは、どのような衆生も除き捨てることなく、何ものにもさまたげられることなく、何ものも分け隔てることなく、すべてのものを導いてくださることを、大海がどの川の水も分け隔てなく受け入れることにたとえておられるのである。
この一実真如の大宝海からすがたをあらわし、法蔵菩薩と名乗られて、何ものにもさまたげられることなく衆生を救う尊い誓願をおこされた。その誓願を因として阿弥陀仏となられたのであるから、阿弥陀仏のことを報身如来というのである。この如来を、世親菩薩は尽十方無碍光仏とお名づけ申しあげられたのである。この如来を南無不可思議光仏ともいう。
本来「涅槃」は「煩悩に勝った(無くなったのではない)」という意味で、真如とは違った意味でしたが、仏教伝播の過程で混乱し、日本では同じ意味を持つと考えられるようになりました。聖人も同様で、「涅槃すなはち法性なり」と表してみえます。
「真如法性」や「一如宝海」は、一切万物を生み出す世界であり、有無を超えた生成の世界で、これを「空」ともいうのです({空の概念と虚無の概念の違い} 参照)。
こうした生成の世界・無為自然が、時を得て生命を生みだしたのですが、この人間社会においても新たな創造精神となってはたらかなければ真如法性の意味がありません。こうして真如法性の生成のはたらきが人間の手足を借りて築いてきたもの、つまり歴史社会を造る精神が姿形となってあらわれたものが「法蔵菩薩」という名のりです。そして人間社会における誓願を建てたことを因として、因が報われて成就した姿を「阿弥陀仏」というのです。これを現代語に訳せば、「まごころが形をとって表れ開かれる」という意味になるでしょう。
このように、阿弥陀如来は法蔵菩薩の無限の創造精神を内に宿していますので、世親菩薩は「尽十方無碍光仏」と名づけられ、思議しても次々と思議を生み出すので「不可思議光仏」と呼ぶのです。
ちなみに「不思議」では「思議できない」という意味になってしまい、これでは「真如法性」になってしまいます。「不思議」と「不可思議」の違いは大きいので注意が必要です。つまり、阿弥陀如来は私たちは思議できる存在であり、しかも現に今存在して説法している仏なのです。聖人も「仏意測りがたし。しかりといへども、ひそかにこの心を推するに」と如来の心を推察してみえます。阿弥陀如来は思議し尽せない存在ではあっても、思議できないような存在ではないのです。
涅槃と浄土は明らかに物柄が違うと思います。涅槃とはこの世に森羅万象を生みだした、まことそのもののことで、始めもなければ終わりもない。本来もとからあった世界だと思われます。それに対して浄土は親鸞聖人も『讃阿弥陀仏偈和讃』に「弥陀成仏のこの方は今に十劫を歴たまえり」と仰っておられますから、始め無かったものが今から十劫の昔に色をとり相をとって出来た世界だと思います。そこで問題になってくることは、ただ単に苦しみや煩悩からの解脱であれば涅槃のさとりでよいのかも知れません。しかし、私たちに与えられているものは二度と生まれて来ぬ一回限りの人生であり、この厳粛な人生をどう生きるか、これより他にないと思います。急がねばならぬことは、正しい人生観の確立であり、何としても私たちは浄土という世界を諦らかにしなければならないのではないでしょうか。
(河津顕人)
それでは、前述の個々の仏土(十万億の仏土)と、阿弥陀如来の浄土とはどんな関係にあるのでしょうか。
結論的に言いますと、自らの国土を建設する主体である私が、「仏性によって開かれた客観的・歴史的・普遍的ないのちを獲得する」ということが、阿弥陀如来の浄土に生まれることを願う、ということなのです。先祖のまごころを自らのまごころにおさめて立ち上がることが真実信心なのです。しかも、私が阿弥陀如来の浄土に往くのではなく、阿弥陀如来が私に成り切って既にはたらいていた。現実の歴史に裏づけられた阿弥陀の仏が、南無の仏となって、今、この場この状態において私と成るのです。つまり、兆載永劫の歴史を背負った阿弥陀仏も南無阿弥陀仏であり、私に成りきった南無も南無阿弥陀仏。これが機法一体の南無阿弥陀仏なのです。
こうした機法一体の信心獲得のためには、阿弥陀如来の本願建立のいわれを聞く。つまり「仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし」、これが他力回向の信心なのです。
ここで気をつけなくてはならないのは、南無の仏が阿弥陀の仏に融合することは避けなければならない、ということです。これでは自らの国土を造ることができず、信心を背に立ち上がることもできません。つまり、「如来の慈悲を頼りに安心して寝そべってしまう状態」を信の喜びとして語る人が案外多いのですが、これでは信心ではなく信仰です。自灯明の無い外道の信です。
このことを明確に顕してみえるのが『往覲偈』{※資料1▼ 参照}で、十方の菩薩、つまり私たち道を求めるものは、諸仏の勧めに応じて「無量寿仏の国に往き仏を仰ぎ見」ることによって、「この上ないさとりを求める心を起こし、自分の国もこのようにありたいと願う」。つまり、阿弥陀如来の浄土を視察し、浄土の素晴らしさに感動し、「私の生きている社会や家庭もこのようにありたい」と願うのです。
これを御覧になられた阿弥陀仏は、「今、ここにいる菩薩たちが未来にさとりを得ることを約束しよう」と宣言され、「すべてのものは夢や幻やこだまのようであるとさとりながらも、さまざまなすばらしい願を満たして、必ずこのような国をつくることができるのである」、「すべては、稲妻や幻影のようであると知りながらも、菩薩の道をきわめ尽し、さまざまな功徳を積んで、必ず仏になることができる」、「すべてみな、その本性は空・無我であると見とおしながらも、ひたすら清らかな国を求めて、必ずこのような国をつくることができるのである」と、懇切丁寧に、無常の世と浄土の関係を述べてみえます。
つまり、この世界は空・無我・無常であるとさとりながらも、人類が築いてきた宿業の社会において、宿業を再点検し、清浄なる社会を築き上げ、皆が創造的主体となって、社会を阿弥陀如来の浄土の功徳が現われた世界に造りかえることが述べられているのです。
涅槃は小乗仏教の悟りであったものを、今日の多くの学者は大乗の覚りの真如法性や、浄土教の浄土と混同しています。
涅槃は梵語のニル・バーナの音写で、煩悩が無くなったことで、涅槃というものが有るのではありません。真如法性はこの世の全てのものを産みだした、形のない大自然のことで、元から有ったものですが、浄土はその大自然が形をとってこの世に新たにできた世界です。といってもそれは国土ではなく、社会のことです。経には法蔵菩薩が四十八の願を建て、永劫の修行によって出来た行為的世界と説いています。法蔵菩薩とは親鸞は私たち人間に宿った仏性のことといっていますから、私たち先祖によって造られた社会のことです。昔は社会のことを世間といっていました。
仏教では三世間のことを説いています。一つには器世間。これが今日いっている社会のことです。この器世間の中に衆生世間と如来世間の二つがあります。社会は人間の集団生活によってできたものです。人間そのものが仏性と我執が矛盾的に同居しているものですから、我執によって形成された社会を衆生世間といい、仏性によって形成された社会を如来世間といったのです。穢土とは衆生世間のことであり、浄土とは如来世間のことをいうのです。これらの世間は心の眼を開かねば見えません。釈迦は「奇なる哉、奇なる哉。我れ開眼すれば山川草木皆悉く成仏し、一切衆生に悉く仏性が有った」と驚嘆の言葉を発しています。
(無峰)
司馬遼太郎は博学ではありましょうが、残念ながら浄土の理解は深くありません。ちょうど別の方が掲示板に書き込んでいただいた文にもありますが――
以上、法然、親鸞、一遍をみていると、非仏教のようにみえて、釈迦の仏教にもっとも近かったことがわかる。
親鸞の流れから、妙好人という、禅の悟りそのままの精神像が出現したのも当然なことで、結局は、三人にとっての阿弥陀如来が、空の別名であったのである。
このような誤解があります。浄土は単に空の別名ではありません。阿弥陀如来の浄土には長い長い歴史があるのです。浄土は、空とか真如法性とよばれる自然のはたらきが、形を現わし色を示し願いを建て、長い苦労の果てに成就した、という過程を経て報いられた世界です。現実社会に覚りの国を造ってきたのです。私たちは、歴史的な宿業がみえれば、宿業にぴたりと寄り添ってその無明性を破く「まごころのはたらき」からできた浄土が見えてくるのです。
浄土と宿業は一見すると真反対のようですが、覚りの眼から見れば、互いに照らしあい、今この現実世界に同時に存在しているのです。これは多くの大乗経典に「泥田に咲く白蓮華」に譬えられています。泥田が無ければ蓮華は咲きません。蓮華がなければ泥田はただ醜いばかりです。信心の智慧は、宿業の泥田世界と浄土の蓮華世界が同時に見える眼が与えられることをいいます。ですから浄土は、韋提希夫人と同じように、見る因縁がはたらけば見える世界です。まごころがはたらけば見ることができるのです。
娑婆の世界はここのこと
極楽の世界もここのこと
これは目の幕切りをいうこと
(浅原才市)
浄土は決して死後に往く世界ではありません。ただ、「せめて死ぬまでに」と頭が下がった人の願いを「寿命が終わって後」と、まごころで述べたのです。この現実の表層を成り立たせてきた根源、人々のまごころの歴史を今知るのです。
また、浄土には往き切ってしまうのではなく、往くことを願う(願生)ことが大切なのであり、私たちの生きる場は、宿業の現実でなければなりません。浄土を胸に抱いて宿業の現実に生きるのです。宿業に生きない人は、浄土の功徳を展開できません。この点を釈尊は――
心を正しくし、意を正しくして、斎戒清浄なること一日一夜すれば、無量寿国にありて善をなすこと百歳せんに勝れたり。ゆゑはいかん。かの仏国土は無為自然にして、みな衆善を積んで毛髪の悪もなければなり。
『仏説無量寿経』 巻下 正宗分 釈迦指勧 五善五悪 より
と警告してみえます。意訳▼(現代語版 より)
心を正しくして仏の戒めをわずか一昼夜でも清らかにたもつなら、それは無量寿仏の国で百年間善い行いに励むよりもまさっているといえる。なぜなら、無量寿仏の国はさとりにかなった世界であって、だれでも多くの善い行いをすることができ、まったく悪のないところだからである。
ただ、司馬遼太郎が誤解してしまうにも原因がありまして、それは専門家の書にも問題があり、時々真如と浄土の軸足がぶれることがあるのです。
「涅槃」をば滅度といふ、無為といふ、安楽といふ、常楽といふ、実相といふ、法身といふ、法性といふ、真如といふ、一如といふ、仏性といふ。仏性すなはち如来なり。この如来、微塵世界にみちみちたまへり、すなはち一切群生海の心なり。この心に誓願を信楽するがゆゑに、この信心すなはち仏性なり、仏性すなはち法性なり、法性すなはち法身なり。法身はいろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず、ことばもたえたり。この一如よりかたちをあらはして、方便法身と申す御すがたをしめして、法蔵比丘となのりたまひて、不可思議の大誓願をおこしてあらはれたまふ御かたちをば、世親菩薩(天親)は「尽十方無碍光如来」となづけたてまつりたまへり。この如来を報身と申す、誓願の業因に報ひたまへるゆゑに報身如来と申すなり。報と申すはたねにむくひたるなり。この報身より応・化等の無量無数の身をあらはして、微塵世界に無碍の智慧光を放たしめたまふゆゑに尽十方無碍光仏と申すひかりにて、かたちもましまさず、いろもましまさず。無明の闇をはらひ、悪業にさへられず、このゆゑに無碍光と申すなり。無碍はさはりなしと申す。しかれば阿弥陀仏は光明なり、光明は智慧のかたちなりとしるべし。
『唯信鈔文意』4 より
意訳▼(現代語版 より)
「涅槃」のことを滅度といい、無為といい、安楽といい、常楽といい、実相といふ、法身といい、法性といい、真如といい、一如といい、仏性という。仏性はすなはち如来である。
この如来は、数限りない世界のすみずみまで満ちわたっておられる。すなわちすべての命あるものの心なのである。この心に誓願を信じるのであるから、この信心はすなわち仏性であり、仏性はすなわち法性であり、法性はすなわち法身である。法身は色もなく、形もない。だから、心にも思うことができないし、言葉にも表すことができない。この一如の世界から形をあらわして方便法身というおすがたを示し、法蔵比丘と名乗られて、思いはかることのできない大いなる誓願をおこされたのである。
このようにしてあらわれてくださったおすがたのことを、世親菩薩は「尽十方無碍光如来」とお名づけになったのである。この如来を報身といい、誓願という因に報い如来となられたのであるから、報身如来と申しあげるのである。「報」というのは、因が結果としてあらわれるということである。
この報身から応身・化身などの数限りない仏身をあらわして、数限りない世界のすみずみにまで、何ものにもさまたげられない智慧の光を放ってくださるから、「尽十方無碍光如来」といわれる光であって、形もなく色もないのである。この光は無明の闇を破り、罪悪にさまたげられることもないので、「無碍光」というのである。「無碍」とは、さわりがないといことである。このようなわけで、阿弥陀仏は光明であり、その光明は智慧のすがたであると知らなければならない。
まず、「この一如よりかたちをあらはして、方便法身と申す御すがたをしめして、法蔵比丘となのりたまひて」とありますが、方便法身とこの後の報身は似て非なるもので、この違いについて説明が少ないため誤解が生じるのです。その上、法身と報身が同じ扱いをされることさえあります。これは近年の学者でも、たとえば中村元氏も、どちらが浄土のかなめなのか区別がついておらず、空に軸足が残ったまま報土を解説することさえあります(岩波文庫 [浄土三部経 上] 往覲偈「夢・幻・響」の註釈に明らか)。
「報身」は歴史社会の重みを背負っていますが、「方便法身」では重みがありません。単に姿を示しただけの意味になってしまいます。「方便法身」ならば自然が生命を生みだした段階の法と変りありませんが、「報身」は生命のみならず人間が造ってきた歴史社会まで全て背負った法でしょう。つまり因位の法蔵比丘は「方便法身」でもよいのですが、果位の阿弥陀仏は既に修行を積んで「報身」と成っていますから、「方便法身」に戻ることはないのです。阿弥陀仏は、真如法性や空を宿しつつ、方便法身として形を示し願を立て、兆載永劫の修行を積んで「報身」として成就された仏なのです。ここに人類の歴史社会が真の意味を現わすのです。
しかし「方便法身」であれば「空の別名」でもかまわないことになってしまいます。解りやすく言えば、「自然の中で生きる」場合は「方便法身」でもかまいませんが、人間関係の中で歴史や社会的責任を背負って生きる場合は「報身」でなければ本当の覚りにはなりません。在家者は皆、家や国の歴史を背負って、社会の中で立場をとって生きているのです。法蔵菩薩の師が「世自在王仏」という名であることからも明らかなように、現実にある世界において自在に活動できる覚りが肝心なのです。
さらに、「この報身より応・化等の無量無数の身をあらはして、微塵世界に無碍の智慧光を放たしめたまふゆゑに尽十方無碍光仏と申すひかりにて、かたちもましまさず、いろもましまさず」とありますが、「この一如よりかたちをあらはして」と形を顕している報身が、どうしてまた元に戻って「かたちもましまさず、いろもましまさず」になってしまうのか。これでは自家撞着でしょう。心の目が開ければ、形や色を通して見えるのが報身であるはずです。
親鸞聖人は天才的な宗教家でありながら、なぜかこうした方便法身と報身の軸足がぶれてしまうことがあり、専門家でもどちらが主軸なのか判断がつかない場合があるのです。しかしこれは日本仏教全体がかかえてしまった誤謬や環境にも問題があるのです。
たとえば「はからいを捨てよ」という言い方も日本仏教の弱点です。『大無量寿経』の精神には、「はからいを捨てよ」などという消極的な生き方はどこにも出ていません。願を背負って立ち上がる。如来のはからいを学び、自分のはからいとして心を定め、新たに社会や歴史を創造していかなくてはならないのに、念仏者がはからいを捨ててしまっては、誰が浄土の功徳を世に展開するのでしょう。
同和問題ひとつ取ってみても、過去の教学が部落差別問題を解決する方向に向いていなかったどころか、解決する意欲を削いでさえいた、という点を見ても明らかでしょう。浄土を「お不思議の世界」として雲の上に上げてしまって、「今のこの目の前の現実にはたらく」、「歴史社会を新たに創造する」という面を語ってこなかったせいです。同朋社会は時を待っていても自然にはできません。これは現在の宿業の有様を見れば明らかです。浄土のはたらきを背に、念仏者自らが立ち上がって、世に浄土の功徳を荘厳する行動を起こさなければ永遠にできない社会です。
『華厳経』には、「信は道の元とす、功徳の母なり。一切のもろもろの善法を長養す」とありますが、親鸞聖人も『顕浄土真実教行証文類』(信文類三(本)・三一問答・法義釈・信楽)においてこの文を引用されてみえることを重きに置くべきでしょう。信心獲得で終わりではありません。信は道の出発点です。母のように信心から功徳を産み出すのです。善法を長く養うのです。
しかし聖人は、この「道」と「功徳」をいかに展開するか、「善法を長養す」るためにはどうしたら良いのかを、具体的には説いてみえません。家庭問題も社会や国家の問題も具体的な記述は少ないのです。聖人の残した仕事はまだまだ沢山あります。足らないところを補っていくのが教学のはずなのに、現在まで聖人の述べてみえないところの研究がおろそかになっていたのではないでしょうか。
また、「死は、五蘊が分解し、虚空に散ります」というのは、肉体や精神が存在を失い、無為自然の状態にかえることをいいます。死の問題は、浄土の展開からみれば滅度に至る道であり、それは、授かったいのちを完全に燃やし尽し、すべきことを完全にやり終えて死ぬことをいいます。この願いも、未完でありながらの完成。願いの中に成就があります。願いとは本来そういうものなのです。({必至滅度の願} 参照)
そのときに世尊、しかも頌を説きてのたまはく、
「東方の諸仏の国、その数恒沙のごとし。
かの土の菩薩衆、往いて無量覚を覲たてまつる。
南・西・北・四維・上・下〔の仏国〕、またまたしかなり。
かの土の菩薩衆、往いて無量覚を覲たてまつる。
一切のもろもろの菩薩、おのおの天の妙華・
宝香・無価の衣を齎つて、無量覚を供養したてまつる。
咸然として天の楽を奏し、和雅の音を暢発して、
最勝の尊を歌歎して、無量覚を供養したてまつる、
〈神通と慧とを究達して、深法門に遊入し、
功徳蔵を具足して、妙智、等倫なし。
慧日、世間を照らして、生死の雲を消除したまふ〉と。
恭敬して繞ること三■[ゾウ]して、無上尊を稽首したてまつる。
かの厳浄の土の微妙にして思議しがたきを見て、
よりて無上心を発して、わが国もまたしからんと願ず。
時に応じて無量尊、容を動かし欣笑を発したまひ、
口より無数の光を出して、あまねく十方国を照らしたまふ。
光を回らして身を囲繞すること、三■[ゾウ]して頂より入る。
一切の天人衆、踊躍してみな歓喜す。
大士観世音、服を整へ稽首して問うて、
仏にまうさく、〈なんの縁ありてか笑みたまふや。やや、しかなり、願は
くは意を説きたまへ〉と。
〔仏の〕梵声はなほ雷の震ふがごとく、八音は妙なる響きを暢ぶ、
〈まさに菩薩に記を授くべし。いま説かん。なんぢあきらかに聴け。
十方より来れる正士、われことごとくかの願を知れり。
厳浄の土を志求し、受決してまさに仏となるべし。
一切の法は、なほ夢・幻・響きのごとしと覚了すれども、
もろもろの妙なる願を満足して、かならずかくのごときの刹を成ぜん。
法は電・影のごとしと知れども、菩薩の道を究竟し、
もろもろの功徳の本を具して、受決してまさに仏となるべし。
諸法の性は、一切、空無我なりと通達すれども、
もつぱら浄き仏土を求めて、かならずかくのごときの刹を成ぜん〉と。
諸仏は菩薩に告げて、安養仏を覲せしむ、
〈法を聞きて楽ひて受行して、疾く清浄の処を得よ。
かの厳浄の国に至らば、すなはちすみやかに神通を得、
かならず無量尊において、記を受けて等覚を成らん。
その仏の本願力、名を聞きて往生せんと欲へば、
みなことごとくかの国に到りて、おのづから不退転に致る。
菩薩、至願を興して、おのれが国も異なることなからんと願ふ。
あまねく一切を度せんと念じ、名、顕れて十方に達せん。
億の如来に奉事するに、飛化してもろもろの刹に遍じ、
恭敬し歓喜して去り、還りて安養国に到る。
もし人、善本なければ、この経を聞くことを得ず。
清浄に戒を有てるもの、いまし正法を聞くことを獲。
むかし世尊を見たてまつりしものは、すなはちよくこの事を信じ、
謙敬にして聞きて奉行し、踊躍して大きに歓喜す。
■[キョウ]慢と弊と懈怠とは、もつてこの法を信ずること難し。
宿世に諸仏を見たてまつりしものは、楽んでかくのごときの教を聴かん。
声聞あるいは菩薩、よく聖心を究むることなし。
たとへば生れてより盲ひたるものの、行いて人を開導せんと欲はんがごと
し。
如来の智慧海は、深広にして涯底なし。
二乗の測るところにあらず。ただ仏のみ独りあきらかに了りたまへり。
たとひ一切の人、具足してみな道を得、
浄慧、本空を知り、億劫に仏智を思ひ、
力を窮め、講説を極めて、寿を尽すとも、なほ知らじ。
仏慧は辺際なくして、かくのごとく清浄に致る。
寿命はなはだ得がたく、仏世また値ひがたし。
人信慧あること難し。もし〔法を〕聞かば精進して求めよ。
法を聞きてよく忘れず、見て敬ひ得て大きに慶ばば、
すなはちわが善き親友なり。このゆゑにまさに意を発すべし。
たとひ世界に満てらん火をもかならず過ぎて、要めて法を聞かば、
かならずまさに仏道を成じて、広く生死の流れを済ふべし〉」と。
『仏説無量寿経』 巻下 正宗分 衆生往生因 往覲偈 27
意訳▼(現代語版 より)
そこで釈尊は、そのことを次ぎのように重ねてお説きになった。
東の仏がたの国はガンジス河の砂の数ほどに多いが、その国々の菩薩たちは、無量寿仏の国に往き仏を仰ぎ見る。
南・西・北・東南・西南・西北・東北・上・下のそれぞれにある国々もまた同様であり、それらの国の菩薩たちも、無量寿仏の国に往き仏を仰ぎ見るのである。
菩薩はみなそれぞれに、うるわしい花とかぐわしい香と最上の衣をささげて、無量寿仏を供養したてまつる。
みなともに美しい音楽を奏で、みやびやかな音色を響かせ、すぐれた徳をうたいたたえて、次のように無量寿仏を供養したてまつる。
「実にみ仏は神通力と智慧をきわめ尽し、深い教えの門に入り、すべての功徳をそなえ、そのすばらしい智慧は並ぶものがありません。
その智慧の光明は世を照らし、迷いの雲を除いてくださいます」 と。
うやうやしく三度右まわりにめぐって、伏してこの上なく尊いこの仏を礼拝したてまつる。
その国は清らかで、思いはかることもできないほどすばらしいことを知り、菩薩はこの上ないさとりを求める心を起こし、自分の国もこのようにありたいと願う。
そのとき無量寿仏はにっこりとほほえまれ、口から無数の光を放って、ひろくすべての国々をお照らしになる。
もどってきた光は仏のお体を三度めぐって、その頭におさまり、すべての天人や人々はこれを見て、みなおどりあがって喜ぶのである。
そこで観世音菩薩は服装を正し、伏して礼拝して問う。
「み仏がほほえまれたのは、どのような理由からでしょうか。
どうぞ、そのお心をお説きください」 と。
仏は雷鳴がとどろくように、すぐれた徳をそなえた声でお述べになる。
「今、ここにいる菩薩たちが未来にさとりを得ることを約束しよう。
これからそのことを説くから、よく聞くがよい。
わたしはさまざまな国から来た菩薩の願をすべて知っている。
菩薩たちは清らかな国をつくりたいと志して、その願の通りに必ず仏になることができる。
すべてのものは夢や幻やこだまのようであるとさとりながらも、さまざまなすばらしい願を満たして、必ずこのような国をつくることができるのである。
すべては、稲妻や幻影のようであると知りながらも、菩薩の道をきわめ尽し、さまざまな功徳を積んで、必ず仏になることができる。
すべてみな、その本性は空・無我であると見とおしながらも、ひたすら清らかな国を求めて、必ずこのような国をつくることができるのである」
仏がたは自分の国の菩薩たちに、無量寿仏を仰ぎ見るよう、次のようにお勧めになる。
「この仏の教えを聞き、求めて修行し、速やかに清らかな世界を得るがよい。
無量寿仏の清らかな国に往ったなら、すぐさま神通力を得て、無量寿仏によって仏となることが約束され、必ずさとりを得ることができるのである。
この仏の本願の力により、仏の名を聞いて往生を願うものは、残らずみなその国に往き、おのずから不退転の位に至る。
そこで菩薩はすぐれた願をたて、自分の国もこの国に異なることがないようにと願い、ひろくすべてのものを救いたいと思い、その名をすべての世界にあらわしたいと望む。
そして数限りない如来に仕えるため、神通力によりさまざまな国に往き、如来を敬い、喜びを得て、無量寿仏の国に帰るのである。
もし人が功徳を積んでいなければ、この教えを聞くことはできない。
清らかに戒を守ったものこそ正しい教えを聞くことができる。
以前に仏を仰ぎ見たものは、無量寿仏の本願を信じ、うやうやしく教えを尊び、仰せのままに修行をして喜びが満ちあふれるに至る。
おごり高ぶり、誤った考えを持ち、なまけ心のある人々は、この教えを信じることができない。
過去世に仏がたを仰ぎ見たものは、喜んでこの教えを聞くことができる。
声聞や菩薩でさえも、仏の心を知りきわめることはできない。
まるで生れながらに目が見えない人が、人を導こうとするようなものである。
如来の智慧の大海は、とても深く広く果てしなく、声聞や菩薩でさえも思いはかることはできない。
ただ仏だけがお知りになることができる。
たとえすべての人々が、残らずみな道をきわめて、清らかな智慧ですべては空であると知り、限りなく長い時をかけて仏の智慧を思いはかり、力の限り説き明かし、寿命の限りを尽したとしても、仏の智慧は限りなく、このように清らかであることを、やはり知ることができない。
そもそも人として生れることは難しく、仏のお出ましになる世に生まれることもまた難しい。
その中で信心の智慧を得ることはさらに難しい。
もし教えを聞くことができたなら、努め励んでさとりを求めるがよい。
教えを聞いてよく心にとどめ、仏を仰いで信じ喜ぶものこそわたしのまことの善き友である。
だからさとりを求める心を起すがよい。
たとえ世界中が火の海になったとしても、ひるまず進み、教えを聞くがよい。
そうすれば必ず仏のさとりを完成して、ひろく迷いの人々を救うであろう」 と。
われらの住んでいる世界のほかに、まだわれわれの知らない世界がある――ということは、文化のまだ開けない時代の原始人の素朴な感情にも、また今日の文化人の高い知性にも、ひとしく宿されている人間共通のおもいである。そしてそれが人々に希望をあたえ、人生に光あらしめ、文化発展の原動力ともなっている。
しかしその未知の世界がどんな世界であるか、どこにあるのか、またわれらの住んでいる世界と、どんな関係にあるのか、ということについての考えは、その時代によってその境遇により、またその人によってまちまちである。世界観が違えばそれに随って生活が違い、住んでいる世界も違う。
そのことは単に交通の不便な昔や、新聞やラジオのない所だけではない。世界が一つになり、東西の文化がたがいに交流するようになった今日でも、精神的世界はやはり閉ざされて、各人は各様の人生観をもち、おのおの別々の世界に住んでいることに変りはない。
<中略>
たといその色合いやひびきは違っても、その根本に人間として共通のものがあるのであるから、その人が好むと好まぬとに関らず、誰でもそれに随わねばならぬ万人に共通する客観的真実があるはずである。もしそれに盲目であるならば、たとい自分自身では幸福であると思い、自分の生活は間違ってはおらぬと独り決めていても、何かその幸福には暗い影がたえずつきまとい、どこかにその生活には無理があることを知らせ、そしてその幸福の夢の破れる時、その破綻した生活の割れ目からさしこんで来る光となって現われるような真実があるに違いない。人間の不幸は、年をとるとか死ぬるとか、美しいとか醜いとか、強いとか弱いとか、富んでいるとか貧しいとかいうことよりも、むしろこの真実のものが解っておらぬ愚かさから来るものに、より深いものがあるのではないであろうか。
<中略>
今日はまさに科学全盛の時代である。しかしかつては衝動的な本能に支配せられた時代があり、宗教的なものが世をほしいままにした時代もあった。また哲学や芸術や経済が、それぞれ時代の英雄となったこともあった。ある時には自然が尊ばれ、ある時には人間がかえり見られた。それらのある一つがきわ立って花やかであった時代は去ったとはいえ、決して過去に葬り去られたのではない。かえってあらゆる文化の基礎的なものとして、人間生活の本質的なものへと、より深くその根をおろして来ている。随って現代は一方に科学的魅力に人類は酔うているかのようであるが、また反面に強く科学そのものへと疑いの眼は向けられているのである。これによって忘れられがちな過去の、あるいは少数の天才によって発見せられ創造せられたののの中から、あるいは声のない一般大衆の生活の足音から、真実を見出そうとする欲求は時代そのものの動きとなって来ている。げに今日は過去のあらゆるものを手がかりとし、しかも過去の一切のものを越えて、新しい文化、新しい世界の創造に、人類は挙げて産みの陣痛のさ中にあるのである。
『極楽』上巻 「初めに」 より
『大経』に「ここを去る」という「去」の字は、『説文』に「人の相違なり」とある。人の相違とは世界が違うということである。たとい体は隣あって坐っていても、世界が違えば千里の距りである。暗の世界と光の世界、迷いと悟りは、その場所は隣あっていても、二つの世界には無限の距りがある。しかし「去る」と「距たる」とは違う。またある『説文』には「ともに来って相対するなり」という説明がしてある。距たるは二つのものは間隔をおいて離れ離れにあるのであるが、去るは二つのものがたがいに照らし合うて、相手を明らかにすると同時に、それによって却って自らを現わすという関係にあることである。この世をこの世と照らしてあの世があり、あの世をあの世と現わしてこの世がある。濁悪の世を照らし浄めて浄土があり、浄土のはたらく場所として濁悪の世があるのである。浄土を離れて穢土もなく、穢土を離れて浄土もない。もし穢土の自覚なくして浄土が語られ、浄土の信証なくして穢土が論ぜられるならば、それらはすべて机上の戯論であり、観念の遊戯に過ぎぬ。仏教とは自覚の教ということであり、そこに説かれてるものはすべて自覚の内容である。随ってその説は唯だ自覚を通して、自覚の内容としてうなずいて聞く外に領解の道はない。
『極楽』上巻 「たのしむ生活」 より
西派では、浄土はこの世の彼方にあって、仏がシャバと浄土の間を往返して、私たちを浄土へ運んでゆくと説くのですが、東派では、浄土が直接私たちへ向かって縁起して来ると説くのです。しかしその縁起の仕方が、私たちの主体となるというところで止まって、浄土の内容が現実に展開しません。たとえば三願転入ということはいわれていても、それからあとの展開がない。「念仏は自我崩壊の音である」。本願は盲目的衝動的に行動しようとする私たちを「退一歩」させる。「退一歩は無限の進展である」といわれているが、どの方向にむかって進むのか、何を何のためにするのかという、目的もまたすることの内容も明らかにされていません。それらはみな現在の東派の教義の背景になっているものが、小乗仏教から大乗仏教に至る過渡期のものといわれる般若の思想や唯識の教学が、その基調になっているからではないでしょうか。
<中略>
親鸞聖人は「広く法蔵を開く」といわれている、その法蔵とは「大行というは無碍光如来の名を称するなり。この行は・・・極速に円満する真如一実の功徳の法海」であり、「五濁悪世の衆生の、選択本願信ずれば、不可称不可説不可思議の、功徳」が満つる「行者の身」でしょう。それはもちろん「如来すでに願いを発こして、衆生の行を廻施したまい」、「諸の衆生をして成就せしめられた功徳」ですが、その功徳が現実の生活に現行し具体化する、そこに仏道があるのではないでしょうか。「信は道の元、功徳の母」といわれるのは、それが内にもつ浄土の功徳を外に実現しようとする「浄土の大菩提心」であるからでしょう。それは往生浄土という方向ではなく、実存的個としての自己の上に、浄土の功徳を実現し、この世を浄めることを目的とするものではないでしょうか。
大乗仏教の理想は、「浄仏国土、成就衆生」と説かれていますが、それは自他の世界を浄め、自他の人格を高めることの外にはないでしょう。その菩提心の内容は、願作仏心と度衆生心せられて、その理想像を五十二段の仏と説かれているのですが、それらはみな人間関係においての自己が問題となったことを物語っているのとちがいましょうか。それがさらに環境としての社会が問題となることによって、浄土教は生まれたようですが、そこでは菩提心の行は、往相廻向と還相廻向とよばれることになりました。その内にもっている功徳を理想内容として具体的に開顕したものが、浄土の荘厳功徳として説かれたものであり、四十八願ではないでしょうか。
『大無量寿経』では、「世において速かに正覚を成じ」、五濁の世を浄める道として説かれているのに、それとは全く逆なこの世を厭う往生浄土教になったのは、念仏の教えが、素朴未開な民間信仰や、出家の立場で受けとられたからではないでしょうか。
『真宗開眼 二十の扉』第十六問 より
(島田幸昭)