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ご本願を味わう

『仏説無量寿経』20

【浄土真宗の教え】

巻上 正宗分 弥陀果徳 眷属荘厳4

 『浄土真宗聖典(註釈版)』本願寺出版社 より

仏説無量寿経 巻上

 仏、阿難に告げたまはく、「無量寿国の、そのもろもろの天・人の衣服・飲食・華香・瓔珞・ゾウ蓋・幢幡、微妙の音声、所居の舎宅・宮殿・楼閣は、その形色に称ひて高下大小あり。あるいは一宝・二宝、乃至無量の衆宝、意の所欲に随ひて、念に応じてすなはち至る。また衆宝の妙衣をもつてあまねくその地に布けり。一切の天・人これを践みて行く。無量の宝網、仏土に弥覆せり。みな金縷・真珠、百千の雑宝の奇妙珍異なるをもつて荘厳校飾せり。四面に周匝して、垂るるに宝鈴をもつてす。光色晃耀にして、ことごとく厳麗を極む。自然の徳風やうやく起りて微動す。その風、調和にして寒からず、暑からず。温涼柔軟にして、遅からず、疾からず。もろもろの羅網およびもろもろの宝樹を吹くに、無量微妙の法音を演発し、万種温雅の徳香を流布す。それ聞ぐことあるものは、塵労垢習、自然に起らず。風、その身に触るるに、みな快楽を得。たとへば比丘の滅尽三昧を得るがごとし。


 『浄土三部経(現代語版)』本願寺出版社 より

仏説無量寿経 巻上

 釈尊が続けて仰せになる。
 「無量寿仏の国の天人や人々が用いる衣服・食べものや飲みもの・香り高い花・宝玉の飾り・天蓋[てんがい][はた]や、美しい音楽や、その身をおく家屋・宮殿・楼閣[ろうかく]などは、すべて天人や人々の姿かたちに応じて高さや大きさがほどよくととのう。それらは、望みに応じて一つの宝や二つの宝、あるいは数限りない宝でできており、思いのままにすぐ現れる。また多くの宝でできた美しい布がひろく大地に敷かれていて、天人や人々はみなその上を歩むのである。その国には数限りない宝の網がおおいめぐらされており、それらはみな、金の糸や真珠や、その他、実にさまざまな美しく珍しい宝で飾られている。その網はあたり一面にめぐり、宝の鈴を垂れており、それがまばゆく光り輝くようすはこの上なくうるわしい。そして、すぐれた徳をそなえた風がゆるやかに吹くのであるが、その風は暑からず寒からず、とてもやわらかくおだやかで、強すぎることも弱すぎることもない。それがさまざまな宝の網や宝の樹々を吹くと、尽きることなくすぐれた教えの声が流れ、実にさまざまな、優雅で徳をそなえた香りが広がる。その声を聞き香りをかいだものは、煩悩がおこることもなく、その風が身に触れると、ちょうど修行僧が滅尽三昧[めつじんざんまい]に入ったようにとても心地よくなるのである。


 環境に安んじ無限の宝を創出

註釈版
 仏、阿難に告げたまはく、「無量寿国の、そのもろもろの天・人の衣服[えぶく]飲食[おんじき]華香[けこう]瓔珞[ようらく]ゾウ蓋[ぞうがい]幢幡[どうばん]微妙[みみょう]音声[おんじょう]所居[しょご]舎宅[しゃたく]宮殿[くでん]楼閣[ろうかく]は、その形色[ぎょうしき][かな]ひて高下大小あり。あるいは一宝・二宝、乃至[ないし]無量の衆宝[しゅぼう][こころ]所欲[しょよく]に随ひて、念に応じてすなはち至る。
現代語版
 釈尊が続けて仰せになる。
 「無量寿仏の国の天人や人々が用いる衣服・食べものや飲みもの・香り高い花・宝玉の飾り・天蓋[てんがい][はた]や、美しい音楽や、その身をおく家屋・宮殿・楼閣[ろうかく]などは、すべて天人や人々の姿かたちに応じて高さや大きさがほどよくととのう。それらは、望みに応じて一つの宝や二つの宝、あるいは数限りない宝でできており、思いのままにすぐ現れる。

 今章で眷属荘厳[けんぞくしょうごん](安楽浄土に生まれた菩薩・声聞の果報)を説く最後になりますが、ここでは浄土の果報と一体となった荘厳が示されます。
 そもそも安楽浄土の存在理由をたずねてみますと、「讃仏偈」には<われ仏とならんに、国土をして第一ならしめん。その衆、奇妙にして道場超絶ならん>…、つまり人々を尊く育て上げるため、これ以上ない素晴らしい道場を開く≠ニいうことが第一に挙げられます。浄土は基本的に修行道場なのです。
 だたし、私たちが道場≠ニ聞いた時には難行苦行の場所をイメージし、修行は面倒くさくて堅苦しいもの≠ニいう先入観があるでしょう。そして極楽へ往けばそうした辛くて面倒な修行などしなくても良く、常に安逸を貪ることができる≠ニいう思い込みがあります。
 こうしたことについて曇鸞大師は、<もし人、無上菩提心を発さずして、ただかの国土の楽を受くること間なきを聞きて、楽のためのゆゑに生ずることを願ずるは、またまさに往生を得ざるべし>(もし、人がこの心をおこさずに、浄土では絶え間なく楽しみを受けるとだけ聞いて、楽しみを貪るために往生を願うのであれば、往生できないのである)と警告されてみえます(参照:
{浄土真宗にとって「菩提心」・「浄土」とは?})。

 ここで二つの誤解を解かねばなりません。まずは、安楽浄土の道場は、理想を求めて奮闘努力する(つまり自力の修行)場ではなく、集いの環境に込められた徳により自ずと楽しく修行をすることが適う場である≠ニいうこと。また、修行をした後に楽しい成果を得るのではなく、今まさに楽しく修行をすること自体が全てである≠ニいうことです。

 かようにわたしは聞いた。
 ある時、世尊は、釈迦族のサッカラという村にあられたことがあった。その時、アーナンダ(阿難)は世尊のあられる処にいたり、世尊を拝し、世尊に[もう]して言った。
「大徳よ、私どもが善き友、善き仲間を有するということは、これは、聖なる修行のすでになかばを成就せるにひとしいと思うが、いかがであろうか。」
 かく問われて、世尊は答えて言った。
「アーナンダよ、そうではない。そのような考え方をしてはならぬ。アーナンダよ、善き友、善き仲間を有するということは、これは聖なる修行のなかばではなくして、そのすべてであるのである。アーナンダよ、善き友をもち、善き仲間の中にある比丘においては、八つの聖なる道を修習し、成就するであろうことは、期して[]つことができるのである。
 アーナンダよ、このことによっても、それを知ることができるではないか。
 アーナンダよ、人々はわたしを善き友とすることによって、老いねばならぬ身にして老いより解脱し、病まねばならぬ身にして病より解脱し、死なねばならぬ人間にして死より解脱することを得ているのである。このことによっても、アーナンダよ、善き友をもち、善き仲間にあるということは、聖なる修行のすべてであると知るべきである。」

『雑阿含経』27-726より

 人間は自分自身を主体的に創造するとともに、集いとしての環境を創造することができます。そしてこのつくられた環境≠フ影響を受けて人々は育ちます。五濁悪世[ごじょくあくせ][まみ]れた穢土[えど]にいてはどんなに奮闘努力しても覚りを得ることはおぼつきませんが、浄土の環境にある人々は、環境の影響によって自ずと覚りが成就することを「期して[]つことができる」のです。そして「善き友をもち、善き仲間にある」ということこそ「浄土」に他なりません。善き人間関係が中心となって様々な物品やインフラが整備されるのです。

 ところが現実社会は、「みな急がなくてもよいことを争いあって」いて「各自が毒を含んだ恐ろしい思いをいだき、外にはその思いを見せないで、みだりに悪事を犯す」有様で、このように人間関係が悪い中では、どれほど物品やインフラを整備してもそれらを活かすことはできません。人々がもっと俺に金をくれ、地位をくれ、評価をくれと欲をたぎらせ、他人と比較してあいつの方が余計に利益を得ているではないか∞俺が堕落したのはあいつのせいだ≠ニ不平不満を言い合う中では、どんなに物やシステムが豊かになっても争いの種にしかならないのです。皆が今ではないいつか、ここではないどこか≠ホかり物色し、自分を棚上げして他人を攻撃する、これが「穢土」のありさまでしょう。

<無量寿国の、そのもろもろの天・人の衣服[えぶく]飲食[おんじき]華香[けこう]瓔珞[ようらく]ゾウ蓋[ぞうがい]幢幡[どうばん]微妙[みみょう]音声[おんじょう]所居[しょご]舎宅[しゃたく]宮殿[くでん]楼閣[ろうかく]は、その形色[ぎょうしき][かな]ひて高下大小あり>
(無量寿仏の国の天人や人々が用いる衣服・食べものや飲みもの・香り高い花・宝玉の飾り・天蓋[てんがい][はた]や、美しい音楽や、その身をおく家屋・宮殿・楼閣[ろうかく]などは、すべて天人や人々の姿かたちに応じて高さや大きさがほどよくととのう)
 これは、浄土では様々な物品が豊富に取り揃えてあるというより、先の穢土のような不平不満が出ないことを言うのです。かつてぼろは着てても こころの錦 どんな花より きれいだぜ=i星野哲郎 作詞/いっぽんどっこの唄)という歌がありましたが、浄土の天・人が用いる衣服がよく整っているというのは、ファッション的な問題もあるでしょうが、まずこころの錦≠ェ重要でしょう。いくら高額な衣装をまとっても、自分の生き様に合わないものを選んだり、不平不満ばかり言って心が虚ろでは身に添いません。慚愧の裏づけがあってはじめて衣服が活きるのです。
 これは衣服ばかりではありません。「善き友をもち、善き仲間にある」中では、物が多いなら多いなりに、少ないなら少ないなりに、システムが整っていても整っていなくても、皆と一緒に工夫し不足を補う中で楽しく過ごすことができるでしょう。そして与えられた状況がそのまま楽しい修行道場≠ニなるので、今のこの場所・境遇が丁度いいお育ての場です≠ニ歎じることが適うのです。
 どんな困難な状況も楽しい修行道場として受け入れることが適う、これが「浄土」のありさまでしょう。道心ある眷属の集いにおいては、不足や寸法違いや問題点も仏道を支える宝となるのです。
 なお、「衣服・飲食・華香・瓔珞・ゾウ蓋・幢幡、微妙の音声、所居の舎宅・宮殿・楼閣」の具体的な内容は、 {法蔵修行 #4}に「衣服・飲食・珍妙の華香・ゾウ蓋・幢幡」について、{講堂宝池荘厳 }に「講堂・精舎・宮殿・楼観(楼閣)・浴池・妙法の声」について詳説してあります。

<あるいは一宝・二宝、乃至[ないし]無量の衆宝[しゅぼう][こころ]所欲[しょよく]に随ひて、念に応じてすなはち至る>
(それらは、望みに応じて一つの宝や二つの宝、あるいは数限りない宝でできており、思いのままにすぐ現れる)
「宝」は、{弥陀果徳 宝樹荘厳}にも書きましたが、「仏法は仏宝」で、仏法上の功徳を宝で象徴しています。「一つの宝や二つの宝、あるいは数限りない宝」というのは、苦難の現場がお育ての宝となった中で、一つの教えが生まれ、さらに二つの教えと展開し、やがて限りない教えが湧き出てくる≠ニいうことを意味しています。多くの人々は、自分の主張にそぐわない考えや感覚を廃し、物事を一つに決め付けて[こだわ]る傾向があります。比べて浄土の天・人は、物事の咀嚼力[そしゃくりょく]が優れていて、一つの経験を「たったこれだけか」などと限意をもって未消化に終わらるようなことはせず、重々無尽を観じ、味わいを重ね、無限に仏法を展開し様々な教えとして活かすことができるのです。

 大悲護念の大地を歩む

註釈版
また衆宝の妙衣[みょうえ]をもつてあまねくその地に[]けり。一切の天・人これを[]みて行く。無量の宝網[ほうもう]、仏土に弥覆[みふ]せり。みな金縷[こんる]・真珠、百千の雑宝[ざっぽう]奇妙珍異[きみょうちんい]なるをもつて荘厳校飾[しょうごんきょうじき]せり。四面に周匝[しゅうそう]して、[]るるに宝鈴[ほうりょう]をもつてす。光色晃耀[こうしきこうよう]にして、ことごとく厳麗[ごんらい][きわ]む。
現代語版
また多くの宝でできた美しい布がひろく大地に敷かれていて、天人や人々はみなその上を歩むのである。その国には数限りない宝の網がおおいめぐらされており、それらはみな、金の糸や真珠や、その他、実にさまざまな美しく珍しい宝で飾られている。その網はあたり一面にめぐり、宝の鈴を垂れており、それがまばゆく光り輝くようすはこの上なくうるわしい。

<また衆宝の妙衣[みょうえ]をもつてあまねくその地に[]けり。一切の天・人これを[]みて行く>
(また多くの宝でできた美しい布がひろく大地に敷かれていて、天人や人々はみなその上を歩むのである)
 私たちは今までどういう大地を踏みしめてここまで歩んで来たのでしょう。どういう道ゆきを通って日々生活を成り立たせてきたのでしょう。この私の立脚[りっきゃく]点を明らかにせねばなりません。

 この私は一体どこに立っているのか―― 手付かずの自然・荒野に立っているのではありません。人々がみな善かれと思って社会生活を営んでいる真っ只中に生きているのです。そしてこの社会は、今生きている人々だけで造り出したものではありません。先祖代々、真心のこもった人間関係を築く中で成立してきた社会でありましょう。これは都会も田舎も変わりがありません(参照:{宗教を考える100の質問:47})。

 さて今度、私が「それじゃあ、まあ昼からご無礼しますよ」といって、みんな一時に集合してくれということで、隣組長がいうわけ。さて、私がよ。どれだけできたろうかなと思うて、土手へ上がってみたところがよ。十七人の人がよ。私の受持ちが十七人が四時間の間、休みなしにトロッコを使ったりしてやって、まるで猫の額ほどしか、土手が済んでおらんの。そのときにどう思うたかというと、この長い、何里という土手を、五本あるんですからね、土手が。その五本の土手を、昔の人はレール一本あったんじゃないよ、トロッコ一台あったんじゃないよ、全部、肩の上に載せてかついでいったんでしょうが。
 それを見た途端に、もう土手をこう歩いて帰るんでありますが、もう歩かれんの。「ご先祖様、申し訳ございません」と、まるでご先祖の肩の上を歩くような感じがしたの。そうするというと、第一の土手を越えて、第二の土手、第三の土手、第四の土手に行きましょう。もう一つ一つ、どの人どの人みんなご先祖の肩の上に載せた土ばかりでしょうが。そう思うて、今度、寺まで戻ったの。寺まで戻ったところが、寺の上が段々畑が、小さい石を盛って築いてあるの。そうすると、どの一つどの一つ見ても皆、ご先祖の手垢のつかん所は一つもないの。
 そのときに、「あ、これじゃ!」と思うたの。初めからこんな一等田地もあったんじゃないの、川一つあったんじゃないの。皆、ご先祖が一つ一つ築き上げて、「どうぞみんなの者が幸せになるように」といって、皆、築いたんでしょう。そういうものを見て、皆、歴史的世界でしょう。そうすれば、もう山が説法し、川が説法し、「お前のような横着もんじゃあらせんぞ。ご先祖は皆、こうやって身を粉にしてしたんだぞ」と、こういう無言の声が聞こえてきましょうが。土手を通れば、土手を踏んでから、まるでご先祖の上を歩くような感じでしょうが。
『仏説無量寿経講話』(島田幸昭)より

 もちろん、人々は誰しも無明・煩悩を抱えております。ですから衆生の為すことには常に罪業がつきまといます。しかしその浅はかな罪業も、その人の立場に立ってみればみな仕方がないことばかり。父王を幽閉して死なせたアジャセ王も、彼の生い立ちをたどってみれば止めようがない濁流に飲み込まれてしまった≠ニ言えましょう。
 こうした衆生の為した罪業を罪業と悲しみ、同感し、願いを発こし、衆生とともに歩んで下さる存在、この存在が阿弥陀仏であり、仏と衆生の道連れの歴史を象徴して「妙衣[みょうえ]」と示したのです。浄土の大地は仏と衆生の道連れの歴史によって飾られているのであり、浄土の天・人はみなその荘厳の上を歩んでいることを感激とともに覚るのです。

<無量の宝網[ほうもう]、仏土に弥覆[みふ]せり>
(その国には数限りない宝の網がおおいめぐらされており)
「宝網」は慈悲の喩えであり、諸仏・諸菩薩や有縁の人々が大悲護念[だいひごねん]のまごころによって自分を見守っていて下さることを象徴≠オていますので、「無量の宝網」は、そうした慈悲に限りがないことを表しています。

<みな金縷[こんる]・真珠、百千の雑宝[ざっぽう]奇妙珍異[きみょうちんい]なるをもつて荘厳校飾[しょうごんきょうじき]せり>
(それらはみな、金の糸や真珠や、その他、実にさまざまな美しく珍しい宝で飾られている)
 人間を本当に済度するためには、相手の問題に合わせ、時期を見て慈悲を発揮しなくてはなりません。悩みには無限の種類があるのですから、済度する側にも無限の手立てが必要です。「金縷・真珠・百千の雑宝の奇妙珍異なるをもつて荘厳校飾」とは、単に慈悲が無限だというだけではなく、悩みの種類にあわせた慈悲が多種多様に発揮されることをいっています。

<四面に周匝[しゅうそう]して、[]るるに宝鈴[ほうりょう]をもつてす。光色晃耀[こうしきこうよう]にして、ことごとく厳麗[ごんらい][きわ]む。>
(その網はあたり一面にめぐり、宝の鈴を垂れており、それがまばゆく光り輝くようすはこの上なくうるわしい)
 浄土は大悲護念の真心に覆われていますから「一面にめぐり」は必然でしょう。では網の四方に「宝鈴」が垂れている理由は何でしょう。
 これは、被った慈悲に対して私たちは実に鈍感である≠ニいうことの裏返しでしょう。人間は、損害や無慈悲な行為に対しては敏感で一生恨みを抱いてしまいますが、賜った慈悲の大きさには案外気づかず過ごしています。感謝より不平不満の方が大きく、たまに感謝の心をもって人に優しくしても、すぐに恩着せがましい気持ちが起こり、感謝の心はすぐに消えてしまいます。そこで慈悲のあみの周囲に鈴がついていて、発揮された浄土の慈悲を仏法として説いて下さるのです。
 ところで、浄土三部経全てを読んでみても、「鈴」が出てくるのはこの経典の「垂るるに宝鈴をもつてす」一箇所だけです。大経にのみ「宝鈴」の記述があるのは、そうした衆生の鈍感さを鑑みた上での表現でしょう。衆生よ、汝は鈍感ゆえに、常に賜っている大悲の大きさ豊かさに気づかぬであろう。そこで仏法の宝の鈴を四方に用意した。この鈴が揺れて鳴れば、鈍感な衆生も気づいてくれるだろう≠ニいう、大変念の入った大悲心が「宝鈴」なのです。比べて観経と小経に「宝鈴」の記述が無いのは、まだ人々の感受性を信じて編纂された経典なのでしょう。

 地獄の猛火も涼風に変える徳

註釈版
自然[じねん]徳風[とくふう]やうやく起りて微動[みどう]す。その風、調和にして寒からず、暑からず。温涼柔軟[おんりょうにゅうなん]にして、遅からず、[]からず。もろもろの羅網[らもう]およびもろもろの宝樹[ほうじゅ]を吹くに、無量微妙[むりょうみみょう]法音[ほうおん]演発[えんぽつ]し、万種温雅[まんじゅおんげ]徳香[とくこう]流布[るふ]す。それ[]ぐことあるものは、塵労垢習[じんろうくじゅう]、自然に起らず。風、その身に触るるに、みな快楽を得。たとへば比丘[びく]滅尽三昧[めつじんざんまい][]るがごとし。
現代語版
そして、すぐれた徳をそなえた風がゆるやかに吹くのであるが、その風は暑からず寒からず、とてもやわらかくおだやかで、強すぎることも弱すぎることもない。それがさまざまな宝の網や宝の樹々を吹くと、尽きることなくすぐれた教えの声が流れ、実にさまざまな、優雅で徳をそなえた香りが広がる。その声を聞き香りをかいだものは、煩悩がおこることもなく、その風が身に触れると、ちょうど修行僧が滅尽三昧[めつじんざんまい]に入ったようにとても心地よくなるのである。

自然[じねん]徳風[とくふう]やうやく起りて微動[みどう]す。その風、調和にして寒からず、暑からず。温涼柔軟[おんりょうにゅうなん]にして、遅からず、[]からず>
(そして、すぐれた徳をそなえた風がゆるやかに吹くのであるが、その風は暑からず寒からず、とてもやわらかくおだやかで、強すぎることも弱すぎることもない)
 浄土に吹く風は浄土の土徳を受けた風ですから、寒くもなく暑くもなく、速過ぎず遅すぎず、丁度良い調和した風が四六時中吹いている≠ニいうことですが、そんな都合の良い風ばかり吹く場所がどこにあるのでしょう。インドは暑い日が多いはずですし、日本には四季があって暑い日も寒い日もあります。台風だって襲ってきます。いくら風光明媚が売りの観光地でも、こんな条件の良い場所は聞いたことがありません。それに第一、もし四六時中調和した風が吹いていたとしても、これでは刺激がなく、退屈で眠たくなってしまうのではないでしょうか。そんな場所が浄土なのでしょうか。
 実はこの徳風は、覚った境地で嘆じる風なのです。迷った衆生が同じ風を受ければ、暑さ寒さ速さ遅さに右往左往し、不平不満が出るばかりです。また風と言っても、地面を駆ける風ではなく、人生に吹く風を言うのです。なぜなら仏教の課題は気象問題ではなく、人生の問題だからです。
「風」は日本語でも人生の喩えとして多用されています。「浮世の風」「仇の風」「臆病風」「親風」「神風」「恋風」「心のすきま風」「何処吹く風」「魔風」「無常の風」等々や、気象用語であっても「物言えば唇寒し秋の風」という句や「波風」のように人生になぞらえた用法もあります。
 さて、人生には順風満帆な時もあれば、逆風や暴風が吹き荒れる時もあります。最悪は「地獄の業風」までも吹き荒れるのが人生でしょう。しかし、こうした荒れた風を受けたとしても、受ける側がそれをどう受け止めるか、ということで全く趣が異なってしまいます。
 たとえば「艱難[かんなん]汝を玉にす」という諺があります。欲望を第一にして人生を渡っていけば、道に迷うその時々で苦悩を激しくし、艱難は障害に過ぎないと思ってしまいますが、浄土の土徳を身にいただき無上菩提心(限りない求道心)を軸に自分の人生を成就させていこうとすれば、逆風こそ順風、暴風こそ尊い風。あの時、辛苦に耐えた経験があったからこそ今の自分がある。ならば今吹くこの苦難の風も私にとっては尊い風≠ニ、あらゆる風を拝むことが適います。すると「地獄の猛火風と変じて涼し」で、恐ろしい人生顛倒の熱風・寒風・暴風さえ涼風に転じられていきます。
(参照:
{「極楽の余り風」の本当の意味}

<もろもろの羅網[らもう]およびもろもろの宝樹[ほうじゅ]を吹くに、無量微妙[むりょうみみょう]法音[ほうおん]演発[えんぽつ]し、万種温雅[まんじゅおんげ]徳香[とくこう]流布[るふ]す>
(それがさまざまな宝の網や宝の樹々を吹くと、尽きることなくすぐれた教えの声が流れ、実にさまざまな、優雅で徳をそなえた香りが広がる。)
「もろもろの羅網」は先に言いましたとおり様々な大悲護念のまごころ≠ナあり、「もろもろの宝樹」は念仏の行者・正定聚の菩薩≠ナあり、如来回向の信心行・念仏生活≠ナす(参照:{弥陀果徳 宝樹荘厳 })。
 そこに浄土の徳風が地獄の猛火風と変じて涼し≠ニ吹くと、「無量の微妙の法音を演発し」ということですから、次から次へと限りなく仏法が語られるのです。艱難辛苦に遭い、逆風や暴風が吹き荒れる中で、様々な大悲護念のまごころを通し、念仏行に勤しむ生活を通せば、おのずと尊い教えが無限に語られてくるのです。
 実際、様々な経典が説かれた背景には苦難の現場がありました。たとえば『仏説観無量寿経』は、実の息子に幽閉されたイダイケ夫人が絶望の底から仏法を求めた内容ですし、キサーゴータミー尼の出家はひとり息子の死がきっかけでした。逆に、平穏無事の無風状態の中では、仏法が真価を発揮する機会はなかなか見出せません。諸行無常の嵐や地獄の猛火が吹く中でこそ「はかり知られぬ微妙の法音」が奏でられるのであり、「千万の優雅な徳香がかおる」機会も訪れるのです。ちなみに「徳香」の喩えについては、『華厳経』には「香をたく道にも仏の教えがあり、華を飾る道にもさとりのことばがあった」と善財童子の道心を称えています。

<それ[]ぐことあるものは、塵労垢習[じんろうくじゅう]、自然に起らず。風、その身に触るるに、みな快楽を得。たとへば比丘[びく]滅尽三昧[めつじんざんまい][]るがごとし>
(その声を聞き香りをかいだものは、煩悩がおこることもなく、その風が身に触れると、ちょうど修行僧が滅尽三昧[めつじんざんまい]に入ったようにとても心地よくなるのである。)
「それ聞ぐことあるものは」の「それ」は「無量の微妙の法音」であり「万種の温雅の徳香」ですから、「聞ぐこと」を「かぐこと」と読むわけです。意訳すれば聞く耳のある者は≠ニか聞こうとする者には≠ニなるでしょう。聞こうとしない人間には聞こえてきませんが、聞く気にさせるのも浄土の徳のはたらきです。
塵労垢習[じんろうくじゅう]」は、塵労が煩悩[ぼんのう]であり、垢習は煩悩の習気[じっけ]です。実は煩悩は習気の方が性質が悪く注視しなくてはならないのですが、一般的にはほとんど無視されています。
 煩悩はたとえて言えば鉱山で火事が起こったようなものでしょう。表面の炎を消しても、熱は炭鉱の深層に宿っています。深層に宿る熱が煩悩の習気で、目立たない分気づきにくく、長く熱を保ち、時と機会を得ると災いが再発してしまいます。
 また「見道は石を割るが如く、修道は蓮糸を切るが如し」ともいわれ、見惑における煩悩は岩を割るように滅ぼされる煩悩で、割るまでには大変な転換が必要ですが、一度割ってしまえばもう元には戻りません。しかし修惑(垢習・習気)は蓮糸[れんし]のように粘りつき、簡単に切れるようでいて切れない。切っても切っても切りきれない粘り強い煩悩です(参照:{百八煩悩})。

 こうした深層の煩悩まで抑えることは中々至難の業なのですが、大悲護念のまごころを通し、念仏行に勤しむ生活を通した尊い教えが無限に語られてくれば、煩悩習気も自然に起こらずにすみ、「風、その身に触るるに、みな快楽を得」ることができます。人生成就の歩みに「快楽」がともなってくれば、煩悩の災いに身を破滅させるような退転はなくなります。自力で嫌々励むから退転があるのであり、勤め励みが快楽になれば歩みを止めることはなくなります。
 ただし浄土の楽は欲界などの楽とは違います。娑婆の苦を苦と知らしめて浄土があり、浄土の楽を楽と願わしめて娑婆があるのです。苦難の娑婆と安楽の浄土は真反対の内容でありながら、互いに内包し、互いを映し出していますので、煩悩が完全に消えることはあり得ません。本当に煩悩が消えてしまえば道心もまた止んでしまうからです。「滅尽三昧」は、浄土の徳分について説いているのです。

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