還浄された御門徒様の学び跡


聞法ノート 第三集 16

善導大師讃嘆

【浄土真宗の教え】

 善導大師讃嘆

善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪
光明名号顕因縁 開入本願大智海
行者正受金剛心 慶喜一念相応後
与韋提等獲三忍 即証法性之常楽

正信偈を読誦するとき行譜、草譜ともにこの善導讃嘆のところで、出音[しゅっとん]がそれまでの「ハ調レ」の高さから「ハ調ソ」の高さにあがるとともに、読誦する速度も七〇乃至八〇拍から五〇乃至六〇拍に遅くなります。お勤めの調声を担当したときはいつも緊張するところです。そんなこともあってこの善導讃嘆の詩句のはじまりは小さい頃から心の奥底に印象深く焼き付いているところでもあります。

*善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪 光明名号顕因縁

現代語訳:
善導大師はただ独り、これまでの誤った説を正して仏の教えの真意を明かにされた。善悪のすべての人を哀れんで、光明と名号が縁となり因となってお救いくださると示された。

 ご開山聖人は「善導は独り仏の正意を明かにせり」とほめ称えられました。善導大師は隋の煬帝大業九年(西暦六一三年)に中国安危徽省泗洲でお生まれになり、二十九才のとき道綽禅師に出会われ「観経」の教説、念仏の法門を聞かれ、その門に入られました。そして六十九才でご往生されるまで観無量寿経を註釈された「観経疏」四巻をはじめ「法事讃」二巻、「観念法門」、「往生礼讃偈」、「般舟讃」などいわゆる五部九巻を著わされました。
 この「仏の正意を明かにせり」とまず称えられているのは何故でしょうか。またどのような背景があったのでしょうか。

 道綽禅師を讃め称えられた詩句には――
道綽決聖道難証 唯明浄土可通入 万善自力貶勤修 円満徳号勧専称
(現代語訳:道綽禅師は、聖道門の教えによってさとるのは難しく、浄土門の教えによってのみさとりに到る事のできることを明かにされた。自力の行はいくら修めても劣っているとして、ひとすじにあらゆる功徳をそなえた名号を称えることをお勧めになる。)とありました。
 その当時の聖道門の人々の浄土門に対する論難に対して、「末法の世には浄土門こそ時機相応の教えである」、「もし衆生ありてたとい一生悪を造れども、命終の時に臨みて、十念相続してわが名字を称せんに、もし生ぜずば正覚をとらじ。」と示されたことを学びました。

 観経には定善十三観、散善三観が説かれています。善導大師は「定とは、すなはち息慮凝心なり」(息を凝らし心の動きを停止し、妄念をはらい、妄想を絶ち切り、すべてを一点に集中させる)といわれました。観経の観仏十三観はそういう状態に自身を置いて仏を想念することが説かれています。だから定善十三観と呼ばれます。
 自力聖道門の諸師たちは観経の十六の観法を禅定観法ととらえ、きびしい修行の中から禅定に入り、阿弥陀仏を観たてまつり、また浄土の荘厳、しつらいを観察しそれによって浄土に生まれることができることをお釈迦さまは説いていかれたのだと主張し、仏の名を称えるだけで往生するということはないとしてそのように説く浄土門を論難していました。
 しかしお釈迦様が観無量寿経に説かれている真意は、第十四観から第十六観に説かれている禅定観法の出来ない機根のものすなはち凡夫のため、なかでも下品下生の者をめあてにして念仏によりてこそ救われることを顕わしていると、善導大師は説かれたのであります。

*観経第十六観
「次に下品下生について説こう。もっとも重い五逆や十悪の罪を犯し、その他さまざまな悪い行いをしているものがいる。このような愚かな人は、その悪い行いの報いとして悪い世界に落ち、はかり知れないほどの長い間、限りなく苦しみを受けなければならない。この愚かな人がその命を終えようとするとき、善知識にめぐりあい、その人のためにいろいろといたわり慰め、尊い教えを説いて、仏を念じることを教えるのを聞く。しかしその人は臨終の苦しみに責めさいなまれて、教えられた通りに仏を念じることができない。そこで善知識はさらに、〈もし心に仏を念じることができないのなら、ただ口に無量寿仏のみ名を称えなさい〉 と勧める。こうしてその人が、心から声を続けて南無阿弥陀仏と十回口に称えると、仏の名を称えたことによって、一声一声称えるたびに八十億劫という長い間の迷いのもとである罪が除かれる。そしていよいよその命を終えるとき、金色の蓮の花がまるで太陽のように輝いて、その人の前に現れるのを見、たちまち極楽世界に生れることができるのである。その蓮の花に包まれて十二大劫が過ぎると、はじめてその花が開く。そのとき観世音・大勢至の二菩薩は慈しみにあふれた声で、その人のためにひろくすべてのもののまことのすがたと、罪を除き去る教えをお説きになる。その人はこれを聞いて喜び、ただちにさとりを求める心を起すのである。これを下品下生のものと名づける。以上のことを下品のものの往生の想といい、第十六の観と名づける」
*六字釈(願行具足)
 善導大師の時代、攝論宗(無着菩薩の攝大乗論を奉ずる一派)の学僧たちが、「観経に下品下生の極悪人が十声の念仏で浄土に往生すると説かれているのは、実は次の生にすぐ往生するのではなく、すなはち遠い将来にいつかは浄土に往生できる因になるということである。往生は別時である。なぜならば、臨終に南無阿弥陀仏ととなえたのは、《阿弥陀さま。お願いします》と言う程度で、単なる願いだけであって往生に必要な行がない。すなはち唯願無行であるからすぐには往生できない」と主張していたのに対して、善導大師は六字釈をもってそのことは誤りであることを示された。
「いまこの観経のなかの十声の称仏は、すなはち十願十行ありて具足す。いかんが具足する。《南無》というはすなはちこれ帰命なり。またこれ発願回向の義なり。《阿弥陀仏》というはすなはちこれその行なり。この義をもってのゆえにかならず往生を得。」
現代語訳(今この観経の中に説かれている十声の念仏には、まさしく十願十行がそなはっている。どのように具足しているのかというと、《南無》というのは心から阿弥陀仏の仰せに信順することであり、発願回向《浄土往生の願いをおこし、回向する)のいわれになる。阿弥陀仏は《一切衆生が往生できなければ仏にならない》と誓を立てられた仏であるから、すなはち衆生往生の行である。このように六字名号にはまさしく願行が具足しているからかならず浄土に往生することができる。 (七祖篇 観経疏三二五頁)
*二種深信
観経に説かれている浄土に往生する者に必要な「三心」のひとつ「深心」には二つある。
・ 一つには、自分自身のすがたは現に罪悪生死の凡夫であり、はかりしれぬほどの昔から、常に迷いに沈み、常に流転し、このままではいつになっても生死を出離する縁があることがない、と深く決定し、信ずる。…・(機の深信)
・ 二つには、かの阿弥陀仏の四十八の誓願は、すべての衆生を摂取しお救いくださるものであり、疑いなく、ためらいもなく、かの阿弥陀仏の本願力に乗じて間違いなく往生する、と深く信ずる。…・・ (法の深信)
*五種正行
・五正行  読誦・観察・礼拝・称名・讃嘆供養
 善導大師は、無量寿経に説かれている浄土往生の行を正行と雑行に分かち、さらに読誦・観察・礼拝・称名・讃嘆供養の五種があること、なかんずく称名行をもって阿弥陀仏のご本願に順ずるゆえに正定業とし、その他を助業とされた。
* 「光明名号顕因縁」について蓮如上人は「正信偈大意」に次のように説かれている。
・「光明名号顕因縁」というは、弥陀如来の四十八願の中に第十二の願は、《わがひかりきはなからん》とちかひたまへり。これすなはち念仏の衆生を攝取のためなり。かの願すでに成就してあまねく無碍のひかりをもって十方微塵世界を照らしたまひて、衆生の煩悩悪業を長時にてらしまします。
 さればこのひかりの縁にあふ衆生、ようやく無明の昏闇うすくなりて宿善のたねきざすとき、まさしく報土に生まれるべき第十八の念仏往生の願因の名号をきくなり。しかれば名号執持することさらに自力にあらず。ひとえに光明にもよほさるるによりてなり。このゆえに光明の縁にきざされて名号の因は顕るるというこころなり。

(註釈版 正信偈大意一〇三五頁)
開入本願大智海 行者正受金剛心 慶喜一念相応後 与韋提等獲三忍 即証法性之常楽
現代語訳:
名号のいわれを信じて、本願の智慧の大海に帰入すれば、如来より金剛石のごとき堅固な信心をいただき、慶びの心が本願にかなって生ずるや否や、あたかも観経の説法を聞いて救われた韋提希夫人と同様に、仏智を悟る心(悟忍)・信心の定まった心(信忍)・かならず往生することを喜ぶ心(喜忍)の三種の把握を得て不退転の位に住し、やがて次の世に浄土に生まれるや、常住・安楽の悟りをひらかしめられる。(早島鏡正「正信偈を読む」より)
(善導大師は)「本願の大いなる智慧の海に入れば、行者は他力の信を回向され、如来の本願にかなうことができたそのときに、韋提希と同じく喜忍・信忍・悟忍の三忍を得て、浄土に往生してただちにさとりを開く。」と述べられた.
(現代語版顕浄土真実教行証文類 より)
註:
*喜忍といふは、これ信心歓喜の得益をあらはすこころなり。
*悟忍といふは仏智をさとるこころなり。
*信忍といふはすなはちこれ信心成就のすがたなり。
(註釈版 正信偈大意一〇三六頁)

* さきに光明と名号が縁となり因となると顕わされています。光明は阿弥陀仏の無碍の智慧の光であり、私たちを称名正定業に導き、おそだていただく縁となり、その称名は命終すれば浄土に往生し仏となる因であることを示された。そのまた因となるのは信心である。信心なくして称名はなく、名号不思議のおいわれを心からいただくことができる信心、それは如来から回向されたものである。わが力により獲得したものではない。
* だから真実の信心は如来から回向され、疑いの消滅したそのとき直ちに慶びの心が湧きたち現生正定聚不退転の位を得ることをこの善導章では顕かにされて いる。

註:
*法:法の法たる性という意味で、一切の存在の真実常住なる本性を指す。真如・実相・法界の異名。
*常楽:正しくは常楽我浄。永遠の世界は常・楽・我・浄。常とは如来の法身、楽とは涅槃、我とは如来、浄とは仏菩薩の正法。
煩悩具足と信知して
本願力に乗ずれば
すなはち穢身すてはてて
法性常楽証せしむ

高僧和讃 善導章(七四)

[釈勝榮/門徒推進委員]

 編集註

 善導大師は、中国における浄土教を特徴づけた僧侶であり、日本の浄土教にも多大な影響を及ぼしました。特に平安時代までの浄土教は善導流が主流で、法然上人もほぼ善導大師ひとりに依った教学となっています。
 親鸞聖人は善導流の問題点を認識し、法名の通り天親菩薩と曇鸞大師に依った教学に転換するよう努力されます。また親鸞聖人は、聖典に書かれてあることをただ単に受け入れるのではなく、どこまでも浄土成立の経緯を聞き開く「仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし」という態度を貫かれました。当時の時代背景から、聖人の著も善導大師の影響が色濃く残っていますが、善導大師以降停滞していた浄土教学が、ようやく「如来の真実意を領解せん」とする前向きの姿勢に転換し、生きることに真摯な態度が復活するのでした。

「定善十三観、散善三観」について、確かに善導大師は<「定」はすなはち慮りを息めてもつて心を凝らす>(息慮凝心)といわれましたが、これはその当時の中国仏教の常識だったのでしょう。しかし果たしてこれが阿弥陀仏の浄土を観察する最上の方法なのか≠ニいう点には触れていません。
「息慮凝心」は、現代で言えば「イメージトレーニング」に過ぎないでしょう。これでは当時の修行方法が間違っている≠ニしか言えません。本当の浄土は、社会現実の奥底に流れ、常に衆生に名のり出てくる仏性の歴史的環境そのものであり、この環境の徳が叫びとなって娑婆を娑婆と映し出してくるのです。そして浄土を浄土と映し出しているのが娑婆ですから、真心をもって生活し、丁寧に現実社会を観察していれば、娑婆と同時に浄土が映し出されてくるのです。浄土は菩提心をもった行者の背後において確実に認識できる世界なのです。曇鸞大師まではこうした娑婆と浄土の二重性が理解されていました。
(参照:{観察門 器世間「荘厳清浄功徳成就」}
 しかし時代が下ると、「息慮凝心」のような、願往生の因にならないような仏意を誤解した修行方法が主になってしまいました。これに基づいて行の優劣を論じても、結論は仏意を反映しないものになります。つまり「定善十三観、散善三観」が誤解されていて、誤解にもとづきこれは自力だ≠ニ弾じて捨ててしまっているのですから、『観経』の経家は情けなく思われているでしょう。丁寧に説かれた「定善十三観、散善三観」を捨ててしまえば、『観経』はもはや抜け殻に過ぎません。これでは覚りの真意が現れるはずがないのです。

 真の称名念仏は、「定善十三観、散善三観」で語られた浄土の徳の内容全てが「深総持」「陀羅尼」の「南無阿弥陀仏」に込められ、名と成り切っているので、その総合的な徳を「称[たた]える」ことによって浄土の用[はたら]きが回向されてくるのです。つまり真の称名念仏は単に「唱[とな]える」ことを勧めるのではありません。称[たた]えるのです。しかし善導大師の仰る称名念仏は、全体として「唱える」念仏として解釈されている嫌いがあります。この点は批判精神をもって注意深く読み解いていく必要があるでしょう。

「下品下生」については、これは正定聚の菩薩の姿ではありません。<その蓮の花に包まれて十二大劫が過ぎると、はじめてその花が開く>ということは、その間は不定聚・邪定聚の不信心者であり続けることを意味します。正定聚の真実信心者であるためには、往生と同時に蓮の華が開いていなければなりません。これが即得往生の内容であり、<一念発起入正定之聚>の姿であるはずです。
『仏説無量寿経』には<〔仏智を〕疑惑し中悔して、みづから過咎をなして、かの辺地の七宝の宮殿に生れて、五百歳のうちにもろもろの厄を受くることを得る>とありますが、五百歳どころか十二大劫も辺地に居なくてはならないような「下品下生」は、仏意に反していながら救いだけを求める者≠ノ対する強烈な批判なのです。
 阿弥陀仏の立場に立ってみれば、このような下品下生の者も救わざるを得ません。なぜなら阿弥陀仏は安楽国の国王ですから、その国に往生したいと願う者を捨てるわけにはいかないのです。しかし私がもし、「捨てない」という願いにぶら下がり、念仏を口にしながら悪逆非道を繰り返す人生を歩めば、如来の慈悲がかえって菩提心を損なう結果になりかねません。。
 現実にも、人権を尊重する法律の甘さをついて犯罪を繰り返す者もいますが、「人は必ずいつか更生できる」という信念を逆手に取るようでは、<十二大劫が過ぎると、はじめてその花が開く>という如来の真意が受け取れません。如来は決して下品下生を勧めている訳ではないのです。
 この点、曇鸞大師は<もし人、無上菩提心を発さずして、ただかの国土の楽を受くること間なきを聞きて、楽のためのゆゑに生ずることを願ずるは、またまさに往生を得ざるべし>と断言されました。ですから「下品下生」は真の念仏者としては絶対歩んではならない道なのです。
 ちなみに即得往生住不退転は、『観経』では「上品上生」と「中品上生」のみが適っています。その中で「上品」は出家の道であり「中品」は在家仏教者の道ですから、在家仏教である浄土真宗の行者が本来的に進むべき道がどこにあるかは明らかでしょう。

「二種深信」については、「罪悪深重の凡夫」としての「機の深信」と「阿弥陀仏の本願力に乗じて間違いなく往生する」という「法の深信」が別々にあるのではありません。これは同じ内容の裏表。二つの深信は「即」という矛盾的同一を言うのです。「罪悪深重の凡夫」は認識面として言うのであり、この認識を生む主体が限りない無上菩提心であり、これを無量寿とも阿弥陀仏の寿[いのち]とも名のっているのです。
 如来の菩提心の働きが発揮されていない人には、自らを反省する力はありません。しかし真心がはたらいて自らを省みることができるようになると自らの行為を反省することになり、一歩進んで性格的なことが慙愧[ざんき]されるようになり(至心)、やがて人類の宿業にまで目がついてきますと「矛盾的な状態を共感する心」が働き出し「一切のいのちの奥深い意味や方向性そのもの」が動き出して懺悔[さんげ]の心が起きてきます(信楽)。
(参照:{人間は本来、尊い仏なのですか? 罪悪深重の凡夫ですか? }{至心信楽の願}{三大宗教の存在に矛盾は無いのでしょうか?「#理性の役割と限界」}

「五種正行」については、曇鸞大師の五念門との相違を見なければなりません。言葉は似ていますが、深さが全く違います。五念門は「礼拝・讃嘆・作願・観察・回向」の順を示し、浄土往生を願う行者の道しるべとなるよう丁寧に道程を示されますが、五正行は「読誦・観察・礼拝・称名・讃嘆供養」を並列に並べて正定業と助業に分けています。しかし、称名が正定業で他が助業であるとする証拠は、実は極めて希薄な内容であることに気づかなければなりません。本当は、如来回向の業であるか否かを問わねばならないのです。如来回向の菩提心が先手であれば五正行全て、それどころか行住坐臥すべてが正定業となります。また、そうでなければ真の正定業はどこにも見出せないのです。
(参照:{偈頌を五念門に配当}{「正行」と「雑行」について}

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