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七高僧の教えを味わう

往生論註を味わう 3

【浄土真宗の教え】

総説分と解義分

『往生論註』巻上

浄土真宗聖典 七祖篇(注釈版)
【三】
 この『論』(浄土論)の始終におほよそ二重あり。一にはこれ総説分、二にはこれ解義分なり。総説分とは前の五言の偈尽くるまでこれなり。解義分とは、「論じて曰はく」以下長行尽くるまでこれなり。二重となす所以は二義あり。偈はもつて経を誦す。総摂せんがためのゆゑなり。論はもつて偈を釈す。解義のためのゆゑなり。


聖典意訳
 この《浄土論》の一部は大体二重になっている。一つには総説分であり、二つには解義分である。総説分とは、前の五字の句をもってあらわす偈が終わるまであり、解義分とは「論じていう」より以下の論述の文が終わるまでである。二重に分けるわけは二つの義があって、初めの偈文は歌詞をもって経の意味を略して示すのであり、後の論述の文はその偈文の意味を述べて更に解釈するからである。

 前の章でも述べましたが、インドにおける学問の特徴は、「総説分」と「解義分」とがあることです。総説分において経典全体の領解を歌にして表現し、解義分において自ら述べた歌に基いて詳細に解釈するのです。

 これはひとり仏教教学のみではありません。言葉を使った文化はすべからく大別して「総説分」と「解義分」があるのです。
「総説分」は絶唱であります。あらゆる感情や意志・身体・経験、それら全ての生命を総合し全開させた叫びです。島田幸昭師のよく言われる「血の叫び」そのものを文字にしたものです。これは自ずと詩的表現にならざるを得ません。古代の文字文化はほとんどが詩的表現を取ります。現代人の多くが古代文学を「夢物語的」「古代人の妄想」と誤解するのは、古代文化の詩的特長を同感しないせいであり、我々の受信機能がいちじるしく低下しているせいでしょう。
 比べて「解義分」は知的側面からアプローチしたものであり、ある意味現代人の得意分野です。総説分の文字解釈をしていく中で理解を深めていくのです。しかし解義分はあくまで総説分の解釈であり、総説分の絶唱を腹に入れる導入に過ぎません。また知的側面は全体性を損なう恐れも多々あり、実際こうした「木を見て森を見ず」という未熟で頑固な宗教者が社会でのさばっているため、仏法は汚れ悪法が絶えないのです。解義分だけは解ったというのは、文法を知って文章を読まず、解説読んで物語を味わわず、という状態でしょう。最後は文字を離れても身心全てに満たした浄土の領解がほしいところです。
 蛇足ですが、現代の歌謡曲を聞くとそのほとんどが説明の歌であり、絶唱の歌が少ない。人生を俯瞰し余裕で青臭い応援を送るような歌ばかりです。人生の絶壁に立ったぎりぎりの叫びを歌う歌がありません。いわば「解義分」の説明文ばかりで「総説分」のような歌本来の味わいがない状態ではないか、と。宗教と歌謡曲は分野は違いますが、少々気になっているところです。

 以下『浄土論』の「総説分」と「解義分」全てを漢文と読み下し文で掲載します。

漢文

『浄土論』
無量寿経優婆提舎願生偈
   婆藪般豆菩薩造 後魏菩提留支訳

(総説分)

【一】
世尊我一心 帰命尽十方
無礙光如来 願生安楽国
【二】
我依修多羅 真実功徳相
説願偈総持 与仏教相応
【三】
観彼世界相 勝過三界道
究竟如虚空 広大無辺際
正道大慈悲 出世善根生
浄光明満足 如鏡日月輪
備諸珍宝性 具足妙荘厳
無垢光炎熾 明浄曜世間
宝性功徳草 柔軟左右旋
触者生勝楽 過迦栴隣陀
宝華千万種 弥覆池流泉
微風動華葉 交錯光乱転
宮殿諸楼閣 観十方無礙
雑樹異光色 宝蘭遍囲遶
無量宝交絡 羅網遍虚空
種種鈴発響 宣吐妙法音
雨華衣荘厳 無量香普薫
仏恵明浄日 除世痴闇冥
梵声悟深遠 微妙聞十方
正覚阿弥陀 法王善住持
如来浄華衆 正覚華化生
愛楽仏法味 禅三昧為食
永離身心悩 受楽常無間
大乗善根界 等無譏嫌名
女人及根欠 二乗種不生
衆生所願楽 一切能満足
故我願生彼 阿弥陀仏国
【四】
無量大宝王 微妙浄華台
相好光一尋 色像超群生
如来微妙声 梵嚮聞十方
同地水火風 虚空無分別
天人不動衆 清浄智海生
如須弥山王 勝妙無過者
天人丈夫衆 恭敬遶瞻仰
観仏本願力 遇無空過者
能令速満足 功徳大宝海
【五】
安楽国清浄 常転無垢輪
化仏菩薩日 如須弥住持
無垢荘厳光 一念及一時
普照諸仏会 利益諸群生
雨天楽華衣 妙香等供養
讃諸仏功徳 無有分別心
何等世界無 仏法功徳宝
我願皆往生 示仏法如仏
【六】
我作論説偈 願見弥陀仏
普共諸衆生 往生安楽国
【七】
無量寿修多羅章句我以偈誦総説竟

(解義分)

【八】論曰此願偈明何義示現観彼安楽世界見阿弥陀仏願生彼国故
【九】云何観云何生信心若善男子善女人修五念門行成就畢竟得生安楽国土見彼阿弥陀仏何等五念門一者礼拝門二者讃歎門三者作願門四者観察門五者廻向門云何礼拝身業礼拝阿弥陀如来応正遍知為生彼国意故云何讃歎口業讃歎称彼如来名如彼如来光明智相如彼名義欲如実修行相応故云何作願心常作願一心専念畢竟往生安楽国土欲如実修行奢摩他故云何観察智恵観察正念観彼欲如実修行毘婆舎那故彼観察有三種何等三種一者観察彼仏国土荘厳功徳二者観察阿弥陀仏荘厳功徳三者観察彼諸菩薩功徳荘厳云何廻向不捨一切苦悩衆生心常作願廻向為首得成就大悲心故
【一〇】云何観察彼仏国土荘厳功徳彼仏国土荘厳功徳者成就不可思議力故如彼摩尼如意宝性相似相対法故観察彼仏国土荘厳功徳成就者有十七種応知何等十七一者荘厳清浄功徳成就二者荘厳無量功徳成就三者荘厳性功徳成就四者荘厳形相功徳成就五者荘厳種種事功徳成就六者荘厳妙色功徳成就七者荘厳触功徳成就八者荘厳三種功徳成就九者荘厳雨功徳成就十者荘厳光明功徳成就十一者荘厳妙声功徳成就十二者荘厳主功徳成就十三者荘厳眷属功徳成就十四者荘厳受用功徳成就十五者荘厳無諸難功徳成就十六者荘厳大義門功徳成就十七者荘厳一切所求満足功徳成就
荘厳清浄功徳成就者偈言観彼世界相勝過三界道故荘厳無量功徳成就者偈言究竟如虚空広大無辺際故荘厳性功徳成就者偈言正道大慈悲出世善根生故荘厳形相功徳成就者偈言浄光明満足如鏡日月輪故荘厳種種事功徳成就者偈言備諸珍宝性具足妙荘厳故荘厳妙色功徳成就者偈言無垢光炎熾明浄曜世間故荘厳触功徳成就者偈言宝性功徳草柔軟左右旋触者生勝楽過迦栴隣陀故荘厳三種功徳成就者有三種事応知何等三種一者水二者地三者虚空荘厳水功徳成就者偈言宝華千万種弥覆池流泉微風動華葉交錯光乱転故荘厳地功徳成就者偈言宮殿諸楼閣観十方無礙雑樹異光色宝蘭遍囲遶故荘厳虚空功徳成就者偈言無量宝交絡羅網遍虚空種種鈴発嚮宣吐妙法音故荘厳雨功徳成就者偈言雨華衣荘厳無量香普薫故荘厳光明功徳成就者偈言仏恵明浄日除世痴闇冥故荘厳妙声功徳成就者偈言梵声悟深遠微妙聞十方故荘厳主功徳成就者偈言正覚阿弥陀法王善住持故荘厳眷属功徳成就者偈言如来浄華衆正覚華化生故荘厳受用功徳成就者偈言愛楽仏法味禅三昧為食故荘厳無諸難功徳成就者偈言永離身心悩受楽常無間故荘厳大義門功徳成就者偈言大乗善根界等無譏嫌名女人及根欠二乗種不生故浄土果報離二種譏嫌過応知一者体二者名体有三種一者二乗人二者女人三者諸根不具人無此三過故名離体譏嫌名亦有三種非但無三体乃至不聞二乗女人諸根不具三種名故名離名譏嫌等者平等一相故荘厳一切所求満足功徳成就者偈言衆生所願楽一切能満足故
【一一】略説彼阿弥陀仏国土十七種荘厳成就示現如来自身利益大功徳力成就利益他功徳成就故
【一二】彼無量寿仏国土荘厳第一義諦妙境界相十六句及一句次第説応知
【一三】云何観仏荘厳功徳成就観仏荘厳功徳成就者有八種相応知何等八種一者荘厳座功徳成就二者荘厳身業功徳成就三者荘厳口業功徳成就四者荘厳心業功徳成就五者荘厳大衆功徳成就六者荘厳上首功徳成就七者荘厳主功徳成就八者荘厳不虚作住持功徳成就
何者荘厳座功徳成就偈言無量大宝王微妙浄華台故何者荘厳身業功徳成就偈言相好光一尋色像超群生故何者荘厳口業功徳成就偈言如来微妙声梵嚮聞十方故何者荘厳心業功徳成就偈言同地水火風虚空無分別故無分別者無分別心故何者荘厳大衆功徳成就偈言天人不動衆清浄智海生故何者荘厳上首功徳成就偈言如須弥山王勝妙無過者故何者荘厳主功徳成就偈言天人丈夫衆恭敬遶瞻仰故何者荘厳不虚作住持功徳成就偈言観仏本願力遇無空過者能令速満足功徳大宝海故即見彼仏未証浄心菩薩畢竟得証平等法身与浄心菩薩与上地諸菩薩畢竟同得寂滅平等故
【一四】略説八句示現如来自利利他功徳荘厳次第成就応知
【一五】云何観察菩薩荘厳功徳成就観察菩薩荘厳功徳成就者観彼菩薩有四種正修行功徳成就応知何者為四一者於一仏土身不動揺而遍十方種種応化如実修行常作仏事偈言安楽国清浄常転無垢輪化仏菩薩日如須弥住持故開諸衆生淤泥花故二者彼応化身一切時不前不後一心一念放大光明悉能遍至十方世界教化衆生種種方便修行所作滅除一切衆生苦故偈言無垢荘厳光一念及一時普照諸仏会利益諸群生故三者彼於一切世界無余照諸仏会大衆無余広大無量供養恭敬讃歎諸仏如来功徳偈言雨天楽花衣妙香等供養讃諸仏功徳無有分別心故四者彼於十方一切世界無三宝処住持荘厳仏法僧宝功徳大海遍示令解如実修行偈言何等世界無仏法功徳宝我願皆往生示仏法如仏故
【一六】又向説観察荘厳仏土功徳成就荘厳仏功徳成就荘厳菩薩功徳成就此三種成就願心荘厳応知
【一七】略説入一法句故一法句者謂清浄句清浄句者謂真実智慧無為法身故此清浄有二種応知何等二種一者器世間清浄二者衆生世間清浄器世間清浄者如向説十七種荘厳仏土功徳成就是名器世間清浄衆生世間清浄者如向説八種荘厳仏功徳成就四種荘厳菩薩功徳成就是名衆生世間清浄如是一法句摂二種清浄義応知
【一八】如是菩薩奢摩他毘婆舎那広略修行成就柔軟心如実知広略諸法如是成就巧方便廻向何者菩薩巧方便廻向菩薩巧方便廻向者謂説礼拝等五種修行所集一切功徳善根不求自身住持之楽欲抜一切衆生苦故作願摂取一切衆生共同生彼安楽仏国是名菩薩巧方便廻向成就
【一九】菩薩如是善知廻向成就即能遠離三種菩提門相違法何等三種一者依智恵門不求自楽遠離我心貪着自身故二者依慈悲門抜一切衆生苦遠離無安衆生心故三者依方便門憐愍一切衆生心遠離供養恭敬自身心故是名
【二〇】遠離三種菩提門相違法菩薩遠離如是三種菩提門相違法得三種随順菩提門法満足故何等三種一者無染清浄心以不為自身求諸楽故二者安清浄心以抜一切衆生苦故三者楽清浄心以令一切衆生得大菩提故以摂取衆生生彼国土故是名三種随順菩提門法満足応知
【二一】向説智恵慈悲方便三種門摂取般若般若摂取方便応知向説遠離我心不貪着自身遠離無安衆生心遠離供養恭敬自身心此三種法遠離障菩提心応知向説無染清浄心安清浄心楽清浄心此三種心略一処成就妙楽勝真心応知
【二二】如是菩薩智恵心方便心無障心勝真心能生清浄仏国土応知是名菩薩摩訶薩随順五種法門所作随意自在成就如向所説身業口業意業智業方便智業随順法門故
【二三】復有五種門漸次成就五種功徳応知 何者五門一者近門二者大会衆門三宅門四者屋門五者園林遊戯地門此五種門初四種門成就入功徳第五門成就出功徳入第一門者以礼拝阿弥陀仏為生彼国故得生安楽世界是名入第一門入第二門者以讃歎阿弥陀仏随順名義称如来名依如来光明智相修行故得入大会衆数是名入第二門入第三門者以一心専念作願生彼修奢摩他寂静三昧行故得入蓮華蔵世界是名入第三門入第四門者以専念観察彼妙荘厳修毘婆舎那故得到彼所受用種種法味楽是名入第四門出第五門者以大慈悲観察一切苦悩衆生示応化身廻入生死園煩悩林中遊戯神通至教化地以本願力廻向故是名出第五門菩薩入四種門自利行成就応知菩薩出第五門廻向利益他行成就応知
【二四】菩薩如是修五門行自利利他速得成就阿耨多羅三藐三菩提故
【二五】無量寿修多羅優婆提舎願生偈略解義竟

浄土論
無量寿経優婆提舎願生偈
          [願主比丘敬覚]
 [南無阿弥陀仏   筆者沙門泰兼]
 [此浄土論之形木為末代利益安置知恩院]
  [永享九{丁巳}年七月十八日]


浄土真宗聖典 七祖篇(注釈版)
『浄土論』

無量寿経優婆提舎願生偈  婆藪槃頭菩薩造 後魏菩提留支訳

(総説分)


【一】世尊、われ一心に尽十方無礙光如来に帰命したてまつりて、
 安楽国に生ぜんと願ず。
【二】われ修多羅の真実功徳相によりて、
 願偈を説きて総持し、仏教と相応せん。
【三】かの世界の相を観ずるに、三界の道に勝過せり。
 究竟して虚空のごとく、広大にして辺際なし。
 正道の大慈悲、出世の善根より生ず。
 浄光明の満足せること、鏡と日月輪とのごとし。
 もろもろの珍宝の性を備へて、妙荘厳を具足せり。
 無垢の光炎熾りにして、明浄にして世間を曜かす。
 宝性功徳の草、柔軟にして左右に旋れり。
 触るるもの勝楽を生ずること、迦旃隣陀に過ぎたり。
 宝華千万種にして、池・流・泉に弥覆せり。
 微風華葉を動かすに、交錯して光乱転す。
 宮殿・もろもろの楼閣にして、十方を観ること無礙なり。
 雑樹に異の光色あり、宝欄あまねく囲繞せり。
 無量の宝交絡して、羅網虚空にあまねし。
 種々の鈴響きを発して、妙法の音を宣べ吐く。
 華と衣とを雨らして荘厳し、無量の香あまねく薫ず。
 仏慧明浄なること日のごとく、世の痴闇冥を除く。
 梵声悟らしむること深遠にして微妙なり。十方に聞ゆ。
 正覚の阿弥陀法王、よく住持したまへり。
 如来浄華の衆は、正覚の華より化生す。
 仏法の味はひを愛楽し、禅三昧を食となす。
 永く身心の悩みを離れ、楽しみを受くることつねにして間なし。
 大乗善根の界は、等しくして譏嫌の名なし。
 女人および根欠、二乗の種生ぜず。
 衆生の願楽するところ、一切よく満足す。
 ゆゑにわれかの阿弥陀仏国に生ぜんと願ず。
【四】無量大宝王の微妙の浄華台あり。
 相好の光一尋にして、色像群生に超えたまへり。
 如来の微妙の声、梵響十方に聞ゆ。
 地・水・火・風・虚空に同じて分別なし。
 天・人不動の衆、清浄の智海より生ず。
 〔如来は〕須弥山王のごとく、勝妙にして過ぎたるものなし。
 天・人・丈夫の衆、恭敬して繞りて瞻仰したてまつる。
 仏の本願力を観ずるに、遇ひて空しく過ぐるものなし。
 よくすみやかに功徳の大宝海を満足せしむ。
【五】安楽国は清浄にして、つねに無垢の輪を転ず。
 化仏・菩薩の日、須弥の住持するがごとし。
 無垢荘厳の光、一念および一時に、
 あまねく諸仏の会を照らし、もろもろの群生を利益す。
 天の楽と華と衣と妙香等とを雨らして供養し、
 諸仏の功徳を讃ずるに、分別の心あることなし。
 なんらの世界なりとも、仏法功徳の宝なからんには、
 われ願はくはみな往生して、仏法を示すこと仏のごとくせん。
【六】われ論を作り偈を説く。願はくは弥陀仏を見たてまつり、
 あまねくもろもろの衆生とともに、安楽国に往生せん。
【七】無量寿修多羅の章句、われ偈頌をもつて総じて説きをはりぬ。

(解義分)

【八】論じていはく、この願偈はなんの義をか明かす。 かの安楽世界を観じて阿弥陀仏を見たてまつることを示現す。 かの国に生ぜんと願ずるがゆゑなり。
【九】いかんが観じ、いかんが信心を生ずる。 もし善男子・善女人、五念門を修して行成就しぬれば、畢竟じて安楽国土に生じて、かの阿弥陀仏を見たてまつることを得。 なんらか五念門。 一には礼拝門、二には讃歎門、三には作願門、四には観察門、五には回向門なり。 いかんが礼拝する。 身業をもつて阿弥陀如来・応・正遍知を礼拝したてまつる。 かの国に生ずる意をなすがゆゑなり。 いかんが讃歎する。 口業をもつて讃歎したてまつる。 かの如来の名を称するに、かの如来の光明智相のごとく、かの名義のごとく、如実に修行して相応せんと欲するがゆゑなり。 いかんが作願する。 心につねに願を作し、一心にもつぱら畢竟じて安楽国土に往生せんと念ず。 如実に奢摩他を修行せんと欲するがゆゑなり。 いかんが観察する。 智慧をもつて観察し、正念にかしこを観ず。 如実に毘婆舎那を修行せんと欲するがゆゑなり。 かの観察に三種あり。 なんらか三種。 一にはかの仏国土の荘厳功徳を観察す。 二には阿弥陀仏の荘厳功徳を観察す。 三にはかの諸菩薩の功徳荘厳を観察す。 いかんが回向する。 一切苦悩の衆生を捨てずして、心につねに願を作し、回向を首となす。 大悲心を成就することを得んとするがゆゑなり。
【一〇】いかんがかの仏国土の荘厳功徳を観察する。 かの仏国土の荘厳功徳は不可思議力を成就せるがゆゑなり。 かの摩尼如意宝の性のごときに相似相対の法なるがゆゑなり。 かの仏国土の荘厳功徳成就を観察すとは十七種あり、知るべし。 なんらか十七。 一には荘厳清浄功徳成就、二には荘厳無量功徳成就、三には荘厳性功徳成就、四には荘厳形相功徳成就、五には荘厳種々事功徳成就、六には荘厳妙色功徳成就、七には荘厳触功徳成就、八には荘厳三種功徳成就、九には荘厳雨功徳成就、十には荘厳光明功徳成就、十一には荘厳妙声功徳成就、十二には荘厳主功徳成就、十三には荘厳眷属功徳成就、十四には荘厳受用功徳成就、十五には荘厳無諸難功徳成就、十六には荘厳大義門功徳成就、十七には荘厳一切所求満足功徳成就なり。
 荘厳清浄功徳成就とは、偈に「観彼世界相 勝過三界道」といへるがゆゑなり。 荘厳無量功徳成就とは、偈に「究竟如虚空 広大無辺際」といへるがゆゑなり。 荘厳性功徳成就とは、偈に「正道大慈悲 出世善根生」といへるがゆゑなり。 荘厳形相功徳成就とは、偈に「浄光明満足 如鏡日月輪」といへるがゆゑなり。 荘厳種々事功徳成就とは、偈に「備諸珍宝性 具足妙荘厳」といへるがゆゑなり。 荘厳妙色功徳成就とは、偈に「無垢光炎熾 明浄曜世間」といへるがゆゑなり。 荘厳触功徳成就とは、偈に「宝性功徳草 柔軟左右旋 触者生勝楽 過迦旃隣陀」といへるがゆゑなり。 荘厳三種功徳成就とは、三種の事あり、知るべし。 なんらか三種。 一には水、二には地、三には虚空なり。 荘厳水功徳成就とは、偈に「宝華千万種 弥覆池流泉 微風動華葉 交錯光乱転」といへるがゆゑなり。 荘厳地功徳成就とは、偈に「宮殿諸楼閣 観十方無礙 雑樹異光色 宝欄遍囲繞」といへるがゆゑなり。 荘厳虚空功徳成就とは、偈に「無量宝交絡 羅網遍虚空 種種鈴発響 宣吐妙法音」といへるがゆゑなり。 荘厳雨功徳成就とは、偈に「雨華衣荘厳 無量香普薫」といへるがゆゑなり。 荘厳光明功徳成就とは、偈に「仏慧明浄日 除世痴闇冥」といへるがゆゑなり。 荘厳妙声功徳成就とは、偈に「梵声悟深遠 微妙聞十方」といへるがゆゑなり。 荘厳主功徳成就とは、偈に「正覚阿弥陀 法王善住持」といへるがゆゑなり。 荘厳眷属功徳成就とは、偈に「如来浄華衆 正覚華化生」といへるがゆゑなり。 荘厳受用功徳成就とは、偈に「愛楽仏法味 禅三昧為食」といへるがゆゑなり。 荘厳無諸難功徳成就とは、偈に「永離身心悩 受楽常無間」といへるがゆゑなり。 荘厳大義門功徳成就とは、偈に「大乗善根界 等無譏嫌名 女人及根欠二乗種不生」といへるがゆゑなり。 浄土の果報は二種の譏嫌の過を離れたり、知るべし。 一には体、二には名なり。 体に三種あり。 一には二乗人、二には女人、三には諸根不具人なり。 この三の過なし。 ゆゑに体の譏嫌を離ると名づく。 名にまた三種あり。 ただ三の体なきのみにあらず、乃至二乗と女人と諸根不具の三種の名を聞かず。 ゆゑに名の譏嫌を離ると名づく。 「等」とは平等一相のゆゑなり。 荘厳一切所求満足功徳成就とは、偈に「衆生所願楽 一切能満足」といへるがゆゑなり。
【一一】略してかの阿弥陀仏国土の十七種の荘厳成就を説く。 如来の自身利益大功徳力成就と、利益他功徳成就とを示現せんがゆゑなり。
【一二】かの無量寿仏国土の荘厳は第一義諦妙境界相なり。 十六句および一句次第して説けり、知るべし。
【一三】いかんが仏の荘厳功徳成就を観ずる。 仏の荘厳功徳成就を観ずとは、八種の相あり、知るべし。 なんらか八種。 一には荘厳座功徳成就、二には荘厳身業功徳成就、三には荘厳口業功徳成就、四には荘厳心業功徳成就、五には荘厳大衆功徳成就、六には荘厳上首功徳成就、七には荘厳主功徳成就、八には荘厳不虚作住持功徳成就なり。
 なんとなれば荘厳座功徳成就とは、偈に「無量大宝王 微妙浄華台」といへるがゆゑなり。 なんとなれば荘厳身業功徳成就とは、偈に「相好光一尋 色像超群生」といへるがゆゑなり。 なんとなれば荘厳口業功徳成就とは、偈に「如来微妙声 梵響聞十方」といへるがゆゑなり。 なんとなれば荘厳心業功徳成就とは、偈に「同地水火風 虚空無分別」といへるがゆゑなり。 「無分別」とは分別の心なきがゆゑなり。 なんとなれば荘厳大衆功徳成就とは、偈に「天人不動衆 清浄智海生」といへるがゆゑなり。 なんとなれば荘厳上首功徳成就とは、偈に「如須弥山王 勝妙無過者」といへるがゆゑなり。 なんとなれば荘厳主功徳成就とは、偈に「天人丈夫衆 恭敬繞瞻仰」といへるがゆゑなり。 なんとなれば荘厳不虚作住持功徳成就とは、偈に「観仏本願力 遇無空過者 能令速満足 功徳大宝海」といへるがゆゑなり。 すなはちかの仏を見たてまつれば、未証浄心の菩薩畢竟じて平等法身を証することを得て、浄心の菩薩と上地のもろもろの菩薩と畢竟じて同じく寂滅平等を得るがゆゑなり。
【一四】略して八句を説きて、如来の自利利他の功徳荘厳、次第に成就したまへることを示現す、知るべし。
【一五】いかんが菩薩の荘厳功徳成就を観察する。 菩薩の荘厳功徳成就を観察すとは、かの菩薩を観ずるに四種の正修行功徳成就あり、知るべし。 何者をか四となす。 一には一仏土において身動揺せずして十方に遍して、種々に応化して如実に修行し、つねに仏事をなす。 偈に「安楽国清浄 常転無垢輪 化仏菩薩日 如須弥住持」といへるがゆゑなり。 もろもろの衆生の淤泥華を開くがゆゑなり。 二にはかの応化身、一切の時に前ならず後ならず、一心一念に大光明を放ちて、ことごとくよくあまねく十方世界に至りて衆生を教化す。 種々に方便し修行し、なすところ一切衆生の苦を滅除するがゆゑなり。 偈に「無垢荘厳光一念及一時 普照諸仏会 利益諸群生」といへるがゆゑなり。 三にはかれ一切世界において余すことなく、諸仏の会の大衆を照らして余すことなく、広大無量に諸仏如来の功徳を供養し恭敬し讃歎す。 偈に「雨天楽華衣 妙香等供養 讃諸仏功徳 無有分別心」といへるがゆゑなり。 四にはかれ十方一切世界の三宝なき処において、仏法僧宝の功徳の大海を住持し荘厳して、あまねく示して如実の修行を解らしむ。 偈に「何等世界無 仏法功徳宝 我願皆往生 示仏法如仏」といへるがゆゑなり。
【一六】また向に荘厳仏土功徳成就と荘厳仏功徳成就と荘厳菩薩功徳成就とを観察することを説けり。 この三種の成就は、願心をもつて荘厳せり、知るべし。
【一七】略して一法句に入ることを説くがゆゑなり。 一法句といふはいはく、清浄句なり。 清浄句といふはいはく、真実智慧無為法身なるがゆゑなり。 この清浄に二種あり、知るべし。 なんらか二種。 一には器世間清浄、二には衆生世間清浄なり。 器世間清浄とは、向に説くがごとき十七種の荘厳仏土功徳成就なり。 これを器世間清浄と名づく。 衆生世間清浄とは、向に説くがごとき八種の荘厳仏功徳成就と四種の荘厳菩薩功徳成就となり。 これを衆生世間清浄と名づく。 かくのごとく一法句に二種の清浄の義を摂す、知るべし。
【一八】 かくのごとく菩薩は、奢摩他と毘婆舎那を広略に修行して柔軟心を成就し、如実に広略の諸法を知る。 かくのごとくして巧方便回向を成就す。 何者か菩薩の巧方便回向。 菩薩の巧方便回向とは、いはく、説ける礼拝等の五種の修行をもつて集むるところの一切の功徳善根は、自身住持の楽を求めず、一切衆生の苦を抜かんと欲するがゆゑに、一切衆生を摂取してともに同じくかの安楽仏国に生ぜんと作願するなり。 これを菩薩の巧方便回向成就と名づく。
【一九】菩薩かくのごとくよく回向を知りて成就すれば、すなはちよく三種の菩提門相違の法を遠離す。 なんらか三種。 一には智慧門によりて自楽を求めず。 我心の自身に貪着することを遠離するがゆゑなり。 二には慈悲門によりて一切衆生の苦を抜く。 衆生を安んずることなき心を遠離するがゆゑなり。 三には方便門によりて一切衆生を憐愍する心なり。 自身を供養し恭敬する心を遠離するがゆゑなり。 これを三種の菩提門相違の法を遠離すと名づく。
【二〇】菩薩はかくのごとき三種の菩提門相違の法を遠離して、三種の菩提門に随順する法の満足を得るがゆゑなり。 なんらか三種。 一には無染清浄心なり。 自身のために諸楽を求めざるをもつてのゆゑなり。 二には安清浄心なり。 一切衆生の苦を抜くをもつてのゆゑなり。 三には楽清浄心なり。 一切衆生をして大菩提を得しむるをもつてのゆゑなり。 衆生を摂取してかの国土に生ぜしむるをもつてのゆゑなり。 これを三種の菩提門に随順する法の満足と名づく、知るべし。
【二一】向に説く智慧と慈悲と方便との三種の門は般若を摂取し、般若は方便を摂取す、知るべし。 向に我心を遠離して自身に貪着せざると、衆生を安んずることなき心を遠離すると、自身を供養し恭敬する心を遠離するとを説けり。 この三種の法は菩提を障ふる心を遠離す、知るべし。 向に無染清浄心、安清浄心、楽清浄心を説けり。 この三種の心は、一処に略して妙楽勝真心を成就す、知るべし。
【二二】かくのごとく菩薩は智慧心・方便心・無障心・勝真心をもつてよく清浄の仏国土に生ず、知るべし。 これを菩薩摩訶薩、五種の法門に随順し、所作意に随ひて自在に成就すと名づく。 向の所説のごとき身業・口業・意業・智業・方便智業は、法門に随順するがゆゑなり。
【二三】また五種の門ありて漸次に五種の功徳を成就す、知るべし。 何者か五門。 一には近門、二には大会衆門、三には宅門、四には屋門、五には園林遊戯地門なり。 この五種の門は、初めの四種の門は入の功徳を成就し、第五門は出の功徳を成就す。 入第一門とは、阿弥陀仏を礼拝し、かの国に生ぜんとなすをもつてのゆゑに、安楽世界に生ずることを得。 これを入第一門と名づく。 入第二門とは、阿弥陀仏を讃歎し、名義に随順して如来の名を称し、如来の光明智相によりて修行するをもつてのゆゑに、大会衆の数に入ることを得。 これを入第二門と名づく。 入第三門とは、一心専念にかしこに生ぜんと作願し、奢摩他寂静三昧の行を修するをもつてのゆゑに、蓮華蔵世界に入ることを得。 これを入第三門と名づく。 入第四門とは、専念にかの妙荘厳を観察し、毘婆舎那を修するをもつてのゆゑに、かの所に到りて種々の法味楽を受用することを得。 これを入第四門と名づく。 出第五門とは、大慈悲をもつて一切苦悩の衆生を観察して、応化身を示して、生死の園、煩悩の林のなかに回入して遊戯し、神通をもつて教化地に至る。 本願力の回向をもつてのゆゑなり。 これを出第五門と名づく。 菩薩は入の四種の門をもつて自利の行成就す、知るべし。 菩薩は出の第五門の回向をもつて利益他の行成就す、知るべし。
【二四】菩薩はかくのごとく五門の行を修して自利利他す。 速やかに阿耨多羅三藐三菩提を成就することを得るゆゑなり。
【二五】無量寿修多羅優婆提舎願生偈、略して義を解しをはりぬ。

無量寿経優婆提舎願生偈  願主比丘敬覚南無阿弥陀仏 筆者沙門泰兼この『浄土論』の形木末代利益のために知恩院に安置す。
永享九丁巳年七月十八日

 資料

『往生論註』巻上

漢文

【三】
此論始終凡有二重一是総説分二是解義分総説分者前五言偈尽是解義分者論曰已下長行尽是所以為二重者有二義偈以誦経為総摂故論以釈偈為解義故
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