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【映画・書籍等の紹介、評論】

メトロポリス

METRPPOLIS

無声映画最後の超大作の主役は特撮技術?


[1926年製作/監督:フリッツ・ラング/出演:ブリギッテ・ヘルム、アルフレート・アーベル、グスタフ・フレーリッヒ 他]

 1926年の時点で空想された100年後の世界、つまり2026年の世界を、ありったけの財力と想像力をつぎ込んで形にした映画がこの『メトロポリス』である。
 製作についての大まかな資料があるので紹介すると、

製作
ドイツ ウーファ社
撮影期間
1925年5月22日〜1926年10月30日
制作費
4000万マルク
エキストラ
男優25,000人 女優11,000人 禿頭の人1,100人 子役750人 黒人100人 東洋人25人 計37,975人 エキストラ費用160万マルク
使用フィルム
62万メートル
封切日
独・1927年1月10日公開(ベルリン/ツォー街ウーファ・パラス劇場) 米・1927年3月6日公開(ニューヨーク/ブロードウェイ街リアルト劇場) 日・1929年4月3日公開(東京/有楽町邦楽座)

 ほとんど冗談のような莫大な手間と資金をつぎ込んで作った映画だったが、前作の『ニーベルンゲン』ほどの圧倒的な評価は得られず、巨額の投資は回収できなくなってしまい、ウーファ社は倒産(身売り)してしまう。しかし、今日的な視点から見ると、この映画から学ぶものは多い。

◆ 主役は背景?

 役者としては、マリアと彼女を模して作った人造人間の二役をこなしたブリギッテ・ヘルム[Brigitte Helm]の演技が光る。都市の独裁者ヨー・フレダーセンと狂気の科学者ロートバングが、かつて恋した女性の名がヘル[HEL]となっているのも、彼女の本名から取ったものであろう。聖女としてのイメージと、欲望と破壊を煽る扇動者のイメージの対照は鮮やかで、特に『ヨシワラ・ハウス』での踊りは必見。近未来的な衣装や舞台は今でも新しい。

 しかしこの映画で圧倒的に目を引くのは、背景の超高層ビル群であり、支配者ヨー・フレダーセンのテレックス付の執務室(当時はテレビもない時代)であり、人間性を押しつぶす巨大で異様な工場(何を作ってるんだろう?)である。

 また超高層ビルの立ち並ぶ様子は、ハイウエイの交差の仕方やプロペラ機が低空飛行している等の細部を除くと、まさに現代の都市の延長線上にある。その中で「現代のバベルの塔」としての威容を誇る『メトロポリス』は、支配者の権力の象徴としてそびえ立っている。

 この世界を危機に陥れたのは一体のアンドロイドなのだが、今までに映像化されたアンドロイドの中で最も美しく神秘的な雰囲気をもっている。おそらく『スターウォーズ』の『C−3PO』は、ここからヒントを得たのだろう。しかし出来栄えはこちらの方が数段上、というより比較にならない程優れている。

 シナリオについては、細かいけちをつけようと思えばいくらでもつく、例えば――年老いた科学者ロートバングが年若くスポーツマンのフレダーと格闘するシーン。科学者がなぜそんなに強いのか。もし本当に喧嘩したら一発で倒されるだろう。もしかしたらマリアより弱いかもしれない。また、労働者の反抗を阻止する権力者側のシステムが全く見当たらないのもリアリティーを希薄にしている。

 そしてなんと言ってもシナリオの最大の欠点はラストで、安易な大団円は映画の評価を演出や技術の絶賛に留まらせてしまった。この欠点について、1984年に再生した『メトロポリス』に寄せる手塚治虫氏のコメントが面白い――

実際、資本家・特権階級と労働者階級とが、結局、愛で結ばれるという結末は、なんとしても安易過ぎ、それまでのさまざまな問題提起を一度にだめにしてしまう失点だったと言わざるを得ない。これはおそらく原作となった小説の責任で、執筆者でありフリッツ・ラング監督夫人であるテア・フォン・ハルボウの筆の甘さであろう。また配役の上でもマリアとロボットの二役をこなしているブリギッテ・ヘルムの圧倒的な演技をのぞくと、これといった印象に残る役者がいないことも、ドラマの魅力の上でマイナスになっていることは否めない。今日のSF映画が特撮技術やぬいぐるみに負けて、俳優の影がうすくなってきている傾向にあることを思うと、「メガロポリス」はその先鞭をつけたものだとも言えなくもない。

◆ 人造人間マリアから鉄腕アトムへ

 手塚治虫氏といえば、彼も1949年に育英出版より同名の『メトロポリス』という漫画を発表しているのだが、映画に触発されたと思われる場面が随所に見られる。

 例えば美しい大理石の彫像を元にアンドロイド『ミッチィ』を作るシーン。またミッチィがロボットたちをけしかけてメトロポリスを襲うシーン。高い塔の上で戦うシーン等である。ちなみにミッチィは「十万馬力の超人力」となっていて、この設定はその後の『鉄腕アトム』に引き継がれていったと見て間違いないだろう。つまり、鉄腕アトムのオリジナルはメトロポリスの人造人間マリアにあった訳だ。

 ただ一つ、大きな違いがあるとすれば、ロボットが人間の友達として存在しうるかどうかという問題で、西洋では「ロボットは文明を破壊する狂った機械」と見るインテリの伝統がある。これは「造物主は神のみ」とする宗教的なためらいが影響していると見ていいだろう。

 対して日本では、造物主の発想はなく、ロボットに対する嫌悪感が西洋に比べると希薄で、手塚氏がロボットのイメージを「文明破壊の権化ミッチィ」から「心やさしい科学の子アトム」に変化させたことは、必然的な結果とも言える。そして、この転換は、やがて日本がロボット大国となる心理的な後押しとなったことは否めず、映画やアニメの世界を超えて戦後の日本に影響を与えたと言っても過言ではない。

◆ その後の人生

 さて、話を映画の方に戻そう。『メトロポリス』を生んだスタッフのその後の人生は波乱に富んでいる。というのも、この時代のドイツがまさに激動の真っ只中であったのだ。「この映画の観客の一人にあのヒットラーがいた」、というだけで、大体の察しはつくだろう。映画を見て感激したヒットラーは、政権を取った後、監督に「ナチスの宣伝映画」の製作を依頼したのだ。

 1933年、フリッツ・ラング監督(彼はユダヤ人である)はヒットラーとの会見後直ちに亡命し、パリ経由でハリウッドに逃れた。当時妻だったのはこのメトロポリスの脚本担当のテア・フォン・ハルボウだが、彼女はラングと離別し、ナチス党員となり、狂気の科学者ロートバング役のルドルフ・クライン=ロッゲと結婚。二人はナチスの宣伝映画を数多く作ってゆく。

 その後のラングは活躍の場をアメリカに移し、22本の映画を発表。その初期にはファシズムとの対決姿勢を示す作品も発表したが、やがて商業主義の圧力が作品に影響を与えてゆく。

 1958年、33年ぶりにドイツ(西ドイツ)に戻ったラングは『大いなる神秘・王城の掟』『大いなる神秘・情炎の砂漠』『怪人マブゼ博士(再映画化)』を発表。またジャン=リュック・ゴダール監督(彼はラングを尊敬している)の作品『軽蔑』にラング監督役(自身役)として出演している。

(注:手塚治虫原作の同名映画はこちら→ [2001年公開 メトロポリス]

[Shinsui]


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