さて、カレーといえば発祥はインドであり、釈尊やその弟子たちも食したはずだから、どんな風な食べ方をしてみえたのか興味のあるところ。実は『パーリ戒経』(パーティモッカ 波羅提木叉)には食に関する詳細な戒律(セーキャ・ダンマ 衆学法)も含まれていて、読んでみると実に面白い。以下、食に関する戒律を抜き出してみると――
――となっている。特に「さらに多くを望んで、スープや副菜を飯で覆わない」などは、托鉢時に実際そうしたことをする弟子がいたのだろう。「飯で覆ってカレーや具をもっと施してもらおう」という魂胆は、見え透いているが中々に微笑ましい。おそらく私がその場にいれば一度はやっただろう。むしろ「そんなことまで咎めなくてもいいのに」と思ってしまうのがデブのサガ。とても私に出家修行はできそうもない。
◆ 麺のこだわり
ところで、カレー好きな私としては、カレーライスは毎日でも食べたいメニューである。しかしカレーうどんは、ある日ある時、突然食べたくなるもので、「毎日食べたい」という程の要求はない。これはカレーライスが「ルーが主役で、具とご飯は脇役」という関係がほぼ確立しているのに比べ、カレーうどんの方はまだ「麺」の役どころが完全には確立していないせいだろう。このため結果として味のバリエーションが広がらず、毎日食べると飽きがくる。
しかしである。名古屋にはカレーにぴったりはまる麺が存在するのだ!
例えば、某カレー・チェーン店では「きしめんカレー」が人気。「きしめん」は「うどん」に比べると平たくて薄いので、ルーとよくなじむのだ。これは麺が脇役に徹した姿である。何度も辛さを変えて注文したが、辛さは少し抑え気味の方が美味しい。ただし同じチェーン店でも、麺の出来が場所によってまちまちなのが惜しい。このあたり、どうしても麺の専門店でない弱みはあるようだ。
さて、さらに私がお勧めしたいのが、「カレー煮込みうどん」である。ここでは「味噌煮込みうどん」用の麺が使われているのだが、これは歯応えがあって、名古屋に来て初めて食べた人は、「このうどん、茹でてないゾ!」と、店に文句を付ける(特にお年寄りには不評)というあの麺である。
インドでは、カレーはナンで食べることが多い。ある意味そうした歯応えに近い(?)ものであるから、カレーの個性や辛さと対峙しても充分耐えうるのだ。これは「ルーと麺が主役を張り合う中で具がつなぎ役に徹する」という異例の関係を結んでいて新鮮なのである。
それにしてもカレーというのは、炭水化物に限らず大抵の食材と相性が合う、実にありがたい。
[Tetsubuta]