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【平成モニター】

平成11年9月11日

原子力発電推進・反対双方の意見を1

事故現場等を見学

福井原子力センター 高速増殖炉もんじゅ

『'99 中部・北陸ブロック 真宗青年の集い』に参加して
9/11〜12日(福井教区担当)

11日


自分で考え歩もう

 原子力発電所の問題というのは、国の骨格を左右する重要な問題でもあるが、多分に感情や先入観に流され、冷静な判断のもとに決定される事が少ない。

 今回、福井教区仏青主催で、推進する側、反対する側、双方の意見を聞き『自分で考え歩もう』というテーマに添い、この社会問題を考え話し合う機会を設けてもらった。
 専門知識も不可欠の分野だが、新聞やテレビ等マスコミで流されてきた情報はひとまず傍らに置き、自らの目で見、現地でしか得られない情報も含め、考え話し合ってみた。

 以下は、東海教区から参加した私のレポートである。

 敦賀に集合

 名古屋から敦賀までは、東海道本線・北陸本線を通る特急が最速のルートとなる。午前9時10分に出発した『特急しらさぎ3号』は、約1時間半で敦賀駅に到着。集合時間まで間があるので、駅前で早めの昼食を取ることにした。
「原子力発電の問題をテーマに研修会があるんですが」と、食堂の人に意見をうかがう――
「そうですねー、難しい問題ですよ」と、少し答えにくそうにしていた。
 また、国民宿舎つるが荘に向かうタクシーの中でも聞く――
「原子力発電所ができると、相当の人数が集まる事になりますので、私らとしては歓迎ですが・・・やっぱり事故を隠したのがいけなかったんでしょう。あれで信用を無くしました」
 ぶしつけの質問だったが、おそらく多くの客に聞かれた経験があるのだろう。言葉は明瞭に聞こえた。

 宿に1番で着くと、中央委員の平本さんがレジュメをまとめてみえるところだった。専従員の中山さんも、今回の集いを準備されるにあたっては、大変なご苦労だったことだと思う。やがて12時を過ぎ、各地のメンバーが集まり始めた。

 先入観を無くして現状を学ぶ

あっとシアター

 12時半から開会式が行われ、終了後すぐにバスに乗り、原子力の科学館『あっとほうむ』(福井原子力センター)へ。ここでは原子力に関する様々な情報、映像が見られ、また科学の魅力を様々な企画で紹介している。
 以下は、ここで得られた基本的な情報である。

電気の1/3は原子力
 今年(1999年)の3月19日時点における運転中の原子力発電所は53基(4524.8万kW)で、建設中と準備中を合わせると59基(5101.6kW)となる。これは日本の発電電力量の1/3に当る。そのうち福井県には15基(うち14基が運転中)と集中している。ここで発電された電気は主に関西圏に送電され、関西で使用される電力の半分以上を支えている。
水力発電の限界
 水力発電は日本の川としては既に限界にきている。これ以上の増設は難しく、またダムを造れば多くの村が水底に沈むことになる。その上、ダムにも寿命があり、長年のうちに土砂がたまり、発電量は年々減ってゆく。
火力発電の限界
 石油や石炭を燃やす際には二酸化炭素が発生し、地球温暖化や酸性雨の問題を考えると、この発電も限界にきている。またプラスチック等の製品に加工できる石油を燃やしてしまうのは勿体無い。
クリーン・エネルギーの開発
 太陽発電や風力発電等のクリーン・エネルギーは徐々に実用化されているが、発電量が天候に左右されるなど問題も多く、まだ国の電力供給の主力にはなっていない。また燃料電池や核融合は技術開発中である。
 ただしこれは、この分野に原発並みの巨費を投じた結果というわけではない。
沸騰水型軽水炉(BWR)と、加圧水型軽水炉(PWR)
 現在日本では、運転中の商業用原子力発電所はすべて軽水炉である(世界では85%)。軽水炉というのは、減速材と冷却材に普通の水(軽水)を使用する形式で、沸騰水型軽水炉(BWR)と、加圧水型軽水炉(PWR)がある。
 沸騰水型は、原子炉で1次系の水を直接沸騰させて蒸気をつくり、これでタービンを回して発電する。
 加圧水型は、炉内を加圧(157気圧)し、320度の熱湯(1次系)をつくり、それで別の水(2次系)を沸騰させて蒸気をつくり、これをタービンに送り発電する。
安全対策は万全のはず、だったが・・・
放射性物質を扱うので、設計面、運営面で安全確保が最優先となっている。
 まず、異常発生の防止のため「余裕のある安全設計」、安全側へ作動させる「フェイルセーフ」、誤作動防止の「インターロック」がある。
 もし異常事態が発生したら、異常拡大防止のため、早期に検出を行い、自動的に原子炉を停止させる。
 さらに、事故が発生しても、放射性物質を外部に放出しないため、緊急炉心冷却装置がはたらき、また炉心は原子炉格納容器でしっかり守られている。
 以上のように、多重防護の設計、システムになっており、また、原子炉自体が自己防御性(温度が上がり過ぎると有効な中性子が減少)を備えており、安全確保は万全・・・であったはずだが、日本や世界各地の原子炉で事故が起きている。
国際評価尺度
 原子力発電所で起きた事故を、世界共通の目安として、安全上の問題から「0」から「7」までの『国際評価尺度』で計ることができる。
 レベル0=安全上重要でない事象。レベル1=運転制限範囲からの逸脱。レベル2=異常事態。レベル3=重大な異常事態。レベル4=所外への大きなリスクを伴わない事故。レベル5=所外への大きなリスクを伴う事故。レベル6=大事故。レベル7=深刻な事故。
 このうち、1〜3までが異常な事象で、所外への放射能漏れはない(ほとんど無い)段階。日本で最悪の事故はこのレベル3であった(1997年の東海再処理施設火災・爆発事故)。また1979年のスリーマイル島発電所事故はレベル5、チェルノブイル発電所事故はレベル7。
高速増殖炉「もんじゅ」と、その事故
 高速増殖炉は、発電を行いながら大量のプルトニウムを作り出すことができる。資源の少ない日本(ウランもほとんど産出されていない)では、将来の原子力発電の中核を担うものとして期待され、その技術を実証するため「高速増殖原型炉もんじゅ」が建設された。
 しかし平成7年(西暦1995年)12月8日に、冷却材2次系ナトリウムが漏洩する事故が発生。これは温度計さや管の設計ミスが原因で金属疲労により破損し、破損箇所からナトリウムが漏れ出したことが判明した。この事故では放射性物質の敷地外への影響はなく、原子炉の安全も確保されたが、最終的に国際評価尺度でレベル1の事故と判断された。
放射性廃棄物の処分
「低レベル放射性廃棄物」については、燃えるものは燃やし、燃えないものは容量を小さくした上でセメント等と一緒にドラム缶に詰め、固めて密封貯蔵。その後青森県六ヶ所村の低レベル放射能廃棄物埋設センターに運ばれ地中に埋設される。
 一方「高レベル放射性廃棄物」は、ステンレス製の容器でガラス固化体にした後、30〜50年の冷却期間をおいた後、地下数百メートルの深い地層に最終処分する予定。

 いよいよ「もんじゅ」の事故現場に

高速増殖炉もんじゅ全景

 福井原子力センターを出て、いよいよ「高速増殖炉もんじゅ」に向かう。途中小雨が降り出したが、屋根つきの高台からは「もんじゅ」が一望できる。
 見学者全員に無線機が渡され、イヤホンからは案内人の説明する施設の概要が聞ける。もんじゅは実験炉であるが、実に巨大に見えた。これは、国の原子力利用計画を左右する施設であるとともに、「あのナトリウム漏れを起こした場所」という意識がはたらくせいかも知れない。

 やがてバスは施設内に入る。度々検問ゲートが設けられている上、バスを降りて建物へ入ってからも、名簿との照合、金属探知器での検査等、丁度空港でのチェックに似た警備体制を取っている。このように警戒が厳重なのは、長崎型原爆の材料でもある猛毒の『プルトニウム』を扱って(生み出して)いる場所だからである。
ナトリウム漏れ事故現場

 建物に入ると、人数が多いので2班に分れて進む。幾度もドアを押して通路を通ると、途中、空調が効いて涼しい場所もあれば、蒸し暑く重苦しい雰囲気の通路もある。

 最後に、平成7年12月8日夜に起きたナトリウム漏洩事故の現場へ行く。ドアの前でヘルメットを被り中に入ると、ぐるりと巨大な配管がうねっているのが目に付く。途中幾度も頭を潜らせながら進むと、まさに事故の現場がそこにあった。

 当時、配管から2次系冷却用のナトリウムが漏れ出し、様々なナトリウム化合物となって広く拡散し、さらに火災も発生した事故の現場である。幸い放射能漏れはなかったため、我々もこうして現場に足を踏み入れる事ができるのだが、あの事故をめぐる様々な動きは、行政や動燃の安全宣言が不確かなものであり、事故後も隠蔽と受け取らざるを得ない行為(ビデオを非公開にした等)が重なり、今も社会的に「重大事故」というイメージを残してしまっている。

 その反省からだろうか、ここでは全てが「ガラス張り」という印象を受ける。事故現場も当時の生々しさを彷彿とさせるままに「展示」されている。

 事故現場個所周辺のコンクリート(原子炉建物)は、白く変色していた。説明によると、コンンクリート内部にナトリウムが2〜3cm侵食したが、コンクリートの厚さは1m以上あり、建物自体の耐久性には問題ないとのこと。
ナトリウム漏れ個所

「ナトリウム漏洩の危険は溶接部分のみ」という、事故前の常識は見事に打ち砕かれていた。実際には配管に取り付けられた温度計の「さや管」が折れ、その破損個所を伝ってナトリウムは漏洩したのだ。漏洩したナトリウムは1000度を超す部分もあったため、耐熱温度530度の床ライナ(地下のタンクへと誘導するシステム)も機能せず、様々なナトリウム化合物が大量に堆積。辺りは白煙が立ちこめ、一部「床ライナ」を溶かした。
0kW

 もんじゅの事故が社会的問題となったのは、こうした物理的な一連の流れ(事実)とともに、それをめぐる動燃や各組織の思惑だった。

 資源の少ない日本では、経済を活性化させればさせるほど、エネルギー不足という深刻な問題が浮かび上がってくる。石油も諸外国の政治事情に翻弄され、また地球温暖化に対応するためには、これ以上に使用量を増やすことはできない。そこで、原子力は切り札の一つと見なされてきている。

 また諸外国が、技術的経済的な疑問から高速増殖炉を断念したのに対し、日本の専門家や動燃には「日本の技術なら大丈夫」という自負心があった。しかしその自負心がもろくも崩れたのがもんじゅの事故であり、自負心が崩れたことを認めたがらなかったことから起こったのが、数々の「情報隠し」であり、嘘の弁明だった。

 原子炉に関わる問題は、単に技術の問題ではなく、人間性の問題、組織の体質の問題が最も問われるところだったのである。
モニター

 
 当時6千億円をかけて建設されたこの「原型炉」は、今は発電することはおろか、冷却用ナトリウムの維持などのために年間数億の電力を消費している。「動かしてくれれば年間100億の利益を生む事が出来るんですが・・・」と語る職員のつぶやきに、増殖炉に関わってきた多くの人たちの無念さが込められていた。
「高速増殖炉実用化への第一段階」であったはずのもんじゅは、今は静かに復活の時を待っている。

 生活に直結する問題

 見学から帰ってきて夕食を済ますと、入浴、そして交流会となる。
 昼間は硬い話に終始したが、酒が入るとざっくばらんな話が飛び出す。△氏みたいに酔っ払い過ぎてはいけないが、本音を語るには丁度良い加減になった頃、福井仏青の人からこんな話を聞いた。
「実は□□□□(芸能人)がこの町にやって来た時、お茶を出しても、お茶菓子を出しても知らん振りしてた。まるで、この町の人や物すべてが汚らわしい、というようなような態度だったんだ。本人は海やヨットが好きということで、原発に反対するのは勝手だけど、原発に関わらざるを得ない人たちの気持ちは分かってるんだろうか」
 泥酔前にこの話を聞いておいて良かった。賛成派、反対派、それぞれの意見があるし、それを押し進めるためには、対立せざるを得ない状況も多々あろう。しかしここ福井では、原発は生活に直結する問題なのである。

 時間も忘れて、参加者と話し合い語り合う中で、私はある一つの短編小説を思い出していた・・・

 村で、直径1mくらいの穴が発見された。「おーい、でてこい」と穴に向かって叫んだ若者は次に石を投げ込んだが全く反響が無い。調べるとその穴の深さは何と無限大。やがてこの穴には放射性廃棄物はじめ、ありとあらゆる汚れが持ち込まれた。

 穴は、捨てたいものは、なんでも引き受けてくれた。穴は、都会の汚れを洗い流してくれ、海や空が以前にくらべて、いくらか澄んできたように見えた。

 ご存知、星新一著『おーい、でてこい』(新潮文庫/ボッコちゃん)である。教区の機関紙でも触れた事があったが、私たちは意識のどこかに、こうした「穴」が現実に存在する、と錯覚しているのではないだろうか。そしてこの穴の正体も見極めず、大量消費の生活に浸り、不要になったもの、近くに存在して欲しくないものを、その穴に押し付けているのではないだろうか。現実にはそんな穴は存在しない。そして小説の方も「大どんでん返し」が待ち受けている。

翌日は原発反対の意見を聞く

『'99 中部・北陸ブロック 真宗青年の集い』は、翌日も続く。2日目は原発反対の立場で活動してみえる「中島哲演氏」の講演を聞き、今日の見学内容も含め、「自分で考え歩もう」というテーマで皆で話し合う機会が設けられている。

 原発の問題が、当初想像していたより複雑で、重いテーマであったことを実感する。そして、それでも考えていかねばならないテーマであることも実感できた。
 ふと「おーい、でてこい」と、頭上で声がした気がした。酔ったせいだろうか。

[Shinsui]

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