スタジオ・ジブリが大ヒット作『もののけ姫』に続いて世に問う作品!−−といった肩に力の入った期待感とは裏腹に、「適当」なペースで淡々と生活する山田くん一家を丁寧に描いたのがこの作品。『もののけ姫』が現実問題を真正面から抱えてファンタジー世界を破綻させてしまったのに比べ、ここでは現実そのものが持つファンタジーな一面をさりげなく描いてみせる。
◆ 俳句的な魅力満載
「典型的な日本の家庭」というと、案外こんな家族になるのだろうか。これに比するのは『サザエさん一家』くらいだろうが、あちらは少々理想が入り込んでいる。またアメリカのアニメ(CARTOON)で雰囲気が似ているのは『チャーリーブラウン』だが、こちらは友達関係が軸となっている。
「理想的な」とか「あるべき家庭」としての押し付けはなく、それでいて「いつまでもこの家庭を見守っていたい」という気にさせてくれるこの山田さん一家。そうした不思議な魅力は、随所に出てくる俳句の魅力と通じるものがある。
例えば、[ 頓(やが)て死ぬけしきは見えず蝉の聲(こえ) ]という句、このシーンはまともに描いたら悲劇だが、老女のワイドショー的生命力が笑いさえ誘う。
また、[ こちらむけ我もさびしき秋の暮 ]などは、「こういうシチュエーションなんだよ!」と芭蕉さんも納得しただろう。
さらに、[むざんなや甲(かぶと)の下のきりぎりす]は、大抵の男が一度は経験する場面。私もできれば正義の味方に変身したかったのだ。
◆ 文句なく名作です
[ いしいひさいち ]原作と言えば、以前『がんばれ!!タブチくん!!』を(ビデオで)見た事があった。この時は、たたみかけるギャグで息ができないほど笑ったが、今回は大笑いする場面はあるものの、どちらかというと「ほのぼの」とした笑いの連続である。しかしこの適当な「ほのぼの風味」を映画として成立させるためには、「適当な努力」では成し得なかっただろう。聞くところによると動画枚数は通常の3倍、何と『もののけ姫』をもしのぐ枚数だったというから恐れ入る。
こうした見えない努力によって、観客は実にスムーズにこの世界に入り込め、そして現実とのランデブーを楽しむことができる。また、描画のタッチが生かされていて、アニメーション本来の醍醐味を満喫することもできる。
『となりの山田くん』は映画の興行としては「そこそこ適当」な入りしかないようだが、作品としては文句なく名作である。