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THE PHANTOM MENACE――見えざる脅威、とでも言うのだろうか、1000年以上も前に滅びたとされる「シス」。その狂信者集団がよみがえり、銀河共和国の平和を脅かそうとする物語。22年前『現代の神話』として制作されたスター・ウォーズが、いよいよ「文化的だった時代」を描くことになる。
雑誌等で酷評されていた「エピソードT」だが、いざ見てみると旧3部作に比べて全く遜色無い事がわかる。もし失望することがあるとすれば、それは無限大に膨れ上がった期待感に原因があるとみてよい。
◆まずは懐かしい
交易特権を持つ『通商連合』が、さらなる野望を展開すべく、惑星ナブーを武力制圧したことから物語りは始まる。外交手段で事態の打開を図るため、連合の船に乗り込む2人のジェダイ、クワイ=ガン・ジンとオビ=ワン・ケノービ。
旧シリーズ(エピソードWに当る)を見た人は「こいつが若い頃のオビ=ワン・ケノービか!」と懐かしむところである。タトゥイーンに居た世捨て人で、実はジェダイだったという奴だ。「こいつは確か弟子だったダース・ベイダーにわざと殺されるんだったよな」という事を思い出せば大体の因果関係は分かる。
ドロイド軍による惑星ナブーへの侵略からアミダラ女王一行を救出したジェダイらは、燃料補給のため惑星タトゥイーン向かう。ここは旧シリーズの出発点でありルーク・スカイウォーカーの故郷なのだが、「やはりここに居た」というべき子供のアナキン・スカイウォーカー、後のダース・ベイダーが住んでいる。この地で行われるポッドレースは、まるでベン・ハーの馬車競争を思わせる前半の見せ場。ジャバ・ザ・ハット主催というのも泣かせる。
◆微妙な時代設定
その後のストーリーは見てのお楽しみというところだが、旧シリーズとの大きな違いは時代背景である。建物は古代ギリシャ・ローマ建築を思わせるし、アミダラ女王のファッションが豪華絢爛美味八珍なのも、そうした爛熟した文化を彷彿とさせる。
これを表現できる技術(例えばジュラシックパークで使用された高度なCG)が開発されるまで、相当の年月がかかったせいもあるだろう、ルーカス監督にしては全体ののりは少々重たい。しかし次々出現する仕掛けの多さはそれを補って余りあるし、微妙な時代設定を考えればその重たさも必然性がある。
◆決定的な欠陥
ただしこの物語には旧3部作と同様、決定的な欠陥がある。というのも敵の巨大戦艦がたった1発のミサイル(しかも子供が何気なく撃った一発)で壊滅してしまうことだ。しかもここではエピソードWで見せたぎりぎりの戦術さえ無い。そしてすべての敵ロボット(ドロイド兵)がその攻撃で凍り付く。
「そんな馬鹿な!」と私は叫んでしまうところだった。惑星全体を支配するロボット集団を1隻の司令船であやつるなんて、そんな不便で危険な体制を敵は敷くだろうか。まさか簡単に破壊される事もシスのシナリオ通だと言うのだろうか。ならばエピソード4や6の結末までもシナリオができていたことになるが、それでは矛盾が生じる。
今の地球でも、例えば「インターネット」が「リスクを集中しないためのシステム」の平和利用であることは衆知の事実だ。また「ロボカップ」という実験的なロボット開発も進もうとしている。「サッカーのワールドカップ優勝国チームに勝つ」という目標は、個々のロボットに独自の判断を組み込むことを必然とする。そうすると、いずれ「スター・ウォーズ」の世界も、そう遠くない未来には「昔の夢物語」になってしまわないだろうか。
これはSFというジャンルが背負っている課題でもあるが、既に現代から置いてきぼりを食ってしまった「シス」のノーガード戦法は、せめて「エピソードT」までにして頂きたい。
そしてもう一つ。ジャー・ジャー・ビンクスの落ち着きの無さは、見ていてうっとうしい。近年、アメリカのエンタテーメントで、こうしたおどけ役がいかに作品全体の質を落としているか、誰か気付く監督は居ないのだろうか。この手の笑いは、隠し味程度にとどめてこそ生きる。
◆今後の展開
ここでスター・ウォーズ シリーズのエピソードW、X、Yに続きTが公開さた訳なので、中間のU、Vの展開を追ってみよう。