1999年についての予言、予測については、耳にたこが出来るほど聞いていたが、この1950年に出版されたSF小説『火星年代記』の書きだしも1999年の1月からになっている。だが、明らかに他の小説と違っているのは、ここには鋭い文明批判に裏付けされた生な人間ドラマがあり、また「宇宙の調べ」ともいうべき叙情的な美しさも兼ね備えていることだろう。
またこの小説のユニークな点は、「火星から見た地球人」に視点が定められていることで、言わば「地球人襲来」による「火星侵略物語」となっている。
◆ 物悲しい火星人の姿
1999年2月、「酸素が多過ぎ、生命の存在する可能性はない」と信じられていた地球から、一隻の宇宙船が到着する。その後、第2第3の探検隊も到着するが、火星人はその都度、地球人を皆殺しにしてしまう。しかし、第4の探検隊が到着した時には、地球人から感染した水疱瘡によって火星人は大半が絶滅していた。
考古学者のスペンダーは火星を調査するうち、この惑星に残された調和した文化に魅了される。そして、この地を汚す隊員たちを拳銃で撃ってしまう。
「火星人たちの持っていた物が、われわれの持ち得るどんなものにも負けないということが分かったからです。かれらは、われわれが百年も前にストップすべきだった所で、ちゃんとストップしました」
「平均的なアメリカ人にとって、見知らぬものはすべてよくないのです。それを考えてごらんなさい、<中略>もし計画がうまくいったら、原子力研究所を三つと、原爆貯蔵所を設けるのだといいました。そんなことをしたら、火星はおしまいです」
「火星人たちは、生きのこるために、なぜ生きるのかというあの一つの疑問を忘れることにしました。生そのものが答なのです」
[2001年6月 月は今でも明かるいが]
地球人の移住に頑固に抵抗をみせるスペンダーは隊長に撃ち殺されるが、その後の火星開拓はまさに彼の予測通り進み、地球の欲望に満ちた文化、無恥な文明が次々持ち込まれ、元からあった火星の純粋な文化は跡形もなく破壊されてゆく。これはアメリカにヨーロッパ文明を持ち込んだ開拓史と構図が似ているのだが、時々顔を見せる火星人は滅びの運命を受け入れているのか、限りなく優しく、そこはかとなく物悲しい。
◆ 完成度が高い各章
『火星年代記』は、連鎖になった短編が有機的に繋がるかっこうで長編を形成している。その上、各短編の完成度が高く、独立した作品としても読み応えがある。
例えば――
この美しい物語は、最後に悲しい結末を迎える。人類の大半は失われ、地球にも火星にも残りわずか数家族という状態になってしまう。ピクニックと称して旅立つウイリアム一家の向かった先は火星。当地で親は子供たちに真相を語る。
「地球上の生活は、けっして、良いことを行なえるような状態に到達することがなかった。科学は、わたしたちを置いて、あまりに早く、先へ先へと進んでいってしまい、人間は、機械の荒野の中で、道に迷ってしまって、ただ子供のように、きれいなものに、機械仕掛けに、ヘリコプターに、ロケットに熱中し、間違った方向ばかり強調した――機械をいかに用いるか、ではなくて、機械そのものばかり強調した。戦争は、どんどん大規模になって、ついに、地球を滅ぼしてしまった」
[2026年10月 百万年ピクニック]
大声で泣く子供たちに、滅びてしまったはずの火星人に会いに行こう、と言って励ます父親。
「そうら、そこにいるよ」――運河の湖面に見たものは・・・
胸が締め付けられるようなラストシーンに、読者は希望を見出す事が出来るだろうか。また、もはや「グランドクロス」も「恐怖の大王」も(当然)やって来なかった「現実」は、こうした悲劇を本当に避け得たと断言することができるのだろうか。
争いを好むのも、制止しないのも、他の誰でもない、私自身の問題なのだ。
(引用:小笠原豊樹訳/ハヤカワ文庫)