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【本・映画等の紹介、評論】

“It”と呼ばれた子

A Chiled Called “It”

デイヴ・ペルザー/青山出版社

Dave Pelzer


「なぜぼくだけが?」
米カリフォルニア州史上ワースト3の児童虐待を体験した著者が、赤裸々に語った壮絶な日々の記録――という紹介が気になり、読んでみた。
 ある程度覚悟はしていたが、被害者本人の文章というのは胸にくる。ただこの本(シリーズ)は、その悪夢から抜け出すために小さな抵抗を続け、勝利するまでの物語である。

 優しかった母親の豹変

 筋肉隆々とした逞しい父親と、子供たちへの愛情できらきら輝いている母親。そうした恵まれた家庭で育った著者が、ある日を境に生き地獄に突入する。おそらく母親には過去に何らかの原因があったのだろう。だが事情を知らないデイビッドは理由も無く虐待を受けるうちに「本当に自分が悪いのかもしれない」と思うようになる。
 やがて虐待はエスカレートし、ガスレンジで腕を焼かれる。その時から彼の生き残りをかけた壮絶な闘いが始まる。

 なぐられればなぐられるほど、ぼくにははっきりわかった。正解だ! 何をされたって、ガスレンジで焼かれるよりはずっとましだ。
 やっとのことで、玄関のドアが開く音がした。ロンだ。帰ってきたのだ。
 母さんの顔から血の気が引いた。一瞬、母さんは凍りついた。その瞬間を逃さず、ぼくは服をひっつかんで地下のガレージに駆けおり、すばやく服を着た。
<中略>
――ぼくが頭を使って生き延びた。はじめて、ぼくが勝ったんだ!

[ぼくは悪い子?]

 暴力的な虐待に加え、ほとんど食事も取らせてくれなくなる。唯一自分を助けてくれていた父親も、母親の執拗な攻撃に根負けし、家に帰ってくる回数が減ってくる。

 食べ物がほしい。父さんに会いたい。だけどぼくが何よりも求めていたのは、ほんのちょっとの敬意、人間としての尊厳のかけらを与えてもらうことだったのだと思う

[父さんが帰らない]

 そうした慎ましい願いの一つ一つを踏みにじってゆく母親。デイビッドはその都度生き残る方法を必死で考える。そうでなければ死あるのみだからだ。

エスカレートする虐待

 家庭での虐待は日を追う毎にエスカレートする。また、食事を与えられていないデイビッドは空腹を満たすため外で盗みをはたらき、そのため学校でもいじめを受ける。家に帰ると、盗み食いしていないか、母親から『検査』を受ける。検査とは、腹を殴り中の物を吐き出させることだ。どこにも逃げ場の無い彼の悲惨な状況は、些細な抵抗を徐々に無力にしていった。

 十月になるころには、ぼくの生活はこれでもかというほど悲惨になった。学校でもめったに食べ物にありつけない。いじめっ子たちの標的にされて、好き放題ボコボコになぐられる。放課後は走って家に帰り、おなかの中身を吐き出して、母さんの検査を受けなければならない。
 母さんはすぐに仕事にかかれと命じるときもある。バスタブに水をためる【注:数時間冷水につかる】ときもある。ものすごく機嫌がよければ、バスルームでぼくのために毒ガスをこしらえる。家の中でいじめるのに飽きると、芝刈りの仕事をさがしに行かされる。でも、その前にかなりなぐられた。犬の鎖でぶたれたこともある。とても痛かったけど、歯を食いしばってがまんした。
<中略>
 希望を打ち砕かれて、ぼくの人生はこのまま終わるんだと思いはじめた。

[父さんが帰らない]

 やがて母親から最も冷たい言葉を吐きかけられる。それは彼が考えた学校新聞の名前が、投票で圧倒的に支持されたことを母親が知った時である。

「へーえ、ジーグラー先生は、おまえが学校新聞の名前をつけたから誇りに思ってくださいってさ。それにおまえはクラスでも優秀な生徒のひとりだって。ふうん、ご立派なのねえ?」
 母さんは氷のように冷たい声になり、ぼくの顔を指でこずいた。
「これだけはしっかり頭にたたきこんでおきなさい、このばか野郎! おまえが何をやったって、あたしによく思われることなんかないの! わかった? おまえなんかどうだっていい! おまえなんて『IT』よ! いないのといっしょよ! うちの子じゃないのよ! 死ねばいいのよ! 死ね! 聞こえたか? 死んじまえ!」

[祈り]

 本来なら喜んでくれるはずの快挙も、母親には受け入れてもらえなかった。有頂天だった彼は「It」と呼び付けられ、本当に自分が憎まれていることを知った。
 もう死んだ方がましだと思い、無茶苦茶に反抗するデイビッド。しかし長時間「ガス室」に入れられその気持ちも萎えてゆく。

 この本の最後は実は絶望的な状況で終わる。両親が離婚してしまうのだ。
「ごめんよ」と小声であやまる父親。「父さんにかばってもらえなくなって残念ねえ」と他人事のように言う母親。
“せめて母さんが情けをかけて、さっさと殺してくれますように”そう願うしかなかったこの時の彼の心情は察するに余りある。

 母親からの解放

 この本には続編『THE LOST BOY』があり、見かねた学校や病院が動き出し、母親から親権を剥奪させるところから話が始まる。
 ただその後も母親は執拗に追いすがり、裁判での駆け引き、精神病院へ入れるように里子に圧力を加える等、「自分は間違っていない」という主張をするためありとあらゆる妨害を仕掛けてくる。
 里親やソーシャルワーカーたちは様々迷惑するも、忍耐強く彼を見守り自立を助けてゆく。ここではそうしたシステムがいかに大切かが述べられ、偏見を無くすよう呼びかけられている。

 彼のその後の活躍は、全米、全世界的な称賛を受けるのだが、そのあたりの経緯は第3部『A Man Named Dave』に書き記されている。

[Shinsui]


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