生真面目な警察官だった梶聡一郎は、病気を苦にしていた妻に請われて殺害。自首して容疑を全面的に認めているが、犯行後2日間の足取りについては一切口を割らなかった。こうした状況を「半落ち」というのだが、謎の2日間をめぐって、県警、検察、新聞社、裁判所が複雑に絡んでミステリーが展開していく。
ミステリー小説の読みどころは当然謎解きにあるのだが、この『半落ち』はどちらかというと謎そのものよりも、謎をめぐって展開する組織の対立の方に魅力がある。
まずは警察内の問題。いわゆる「キャリア」と「現場のたたき上げ」の対立がおこる。刑事は真相究明につとめるが、警務はひたすら保身をはかる。
噂に違わぬ保身男だ。言うことも一々神経に障る。死体を担いだこともない余所者のキャリア部長に、刑事部までひっくるめて「ウチ」呼ばわりされるたび、こめかみが疼く。
志木は露骨に岩村を睨んだ。なぜ捜査の門外漢である警務部長に言わせっぱなしにしておく。
[志木和正の章] より
やがて家宅捜索が行なわれ、結果、梶警部のポケットから新宿・歌舞伎町で得たと思われる「個室ビデオ」の宣伝ティッシュが見つかった。こうなると警務は徹底して捜査妨害に出る。しかも、新幹線上り駅に立つ梶警部が目撃されていて、それがマスコミに漏れたため、この状況を「死に場所を求めて県内を彷徨っていた」と、捏造した供述調書をでっち上げ、捜査の幕を引く。
次は「検察」対「県警」の対立である。地検側は最初から調書が捏造されたものであることを看破していた。
捜査機関として上位にあるというメンツを保ちつつ、ゆるやかな協力関係を維持していきたい。地方に在籍する検察関係者の、それが偽らざる本音だ。
だからこそ許しがたい。W県警は、その検察の本音を見透かし、高を括って見え見えの捏造供述を突きつけてきたのだ。
――腐ったエサを食わされてたまるか。
[佐瀬銛男の章] より
真相解明のため地検は県警に対し捜査に乗り出すが、県警側も反撃し、ある検察事務官の身柄を拘束。裏取り引きを打診する。地検は内部監査でその検察事務官が横領事件にも関わっていたことをつきとめ、県警との裏取り引きに応じることになった。
だがこの間に、「捏造した供述」に怒った検察官の声が記者に漏れてしまう。そしてこの記者にも裏取り引きの話が持ち上がり、暴露記事を書くか否かの瀬戸際に立たされてゆく。
梶聡一郎は犯行後なぜすぐに自殺しなかたのか――これがこのミステリーを解く鍵であり、ミステリー以上の感動を呼んでいる要素であろう。梶に生きる目的を持たせたものは、息子の死と密接な関係があり、最後には複雑にからまった謎が一気に解け、関係者もその理由の前に沈黙し生きる力が相関する――ということになっているのだろうが、残念ながら「生き残る理由」に関してリアリティーの希薄さは否めない。自分が生き残って為すべきことは、真相で明らかになった理由ではなく、もっと広い視点、特に病気の看護に関しての新たな視点であってほしかった。なぜならこれこそが梶聡一郎の犯した罪を転じる唯一の方法だからだ。
また、謎は読み進む途中でほぼ解けてしまうので、余り深く考えないで読む方が得策だが、これではミステリーの魅力は半減する。
だから前述のようにこの小説には、「組織や個人の置かれた立場によって生ずる対立」の方に魅力を感じる。また、こうした構図が現実にあって裁判に到るということを知っておくと、今後、様々な刑事事件報道を読み解くときの参考になるだろう。特に暴露記事の取り扱いについての記述は鬼気迫っているが、これは著者が元新聞記者であったと知れば納得する。