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喪中[もちゅう]と喪中葉書について

[]に本当の優しさを込める ―

浄土の風だより【仏教資料集】

本来と現実の狭間で

 秋から冬にかけての時期、「喪中はがき」が届く季節となります。仏教者として、浄土真宗門徒としてこの風習をどう理解し行動すれば良いのでしょうか。以下、具体的に考えてみたいと思います。

 世間一般で語られる喪中・忌中[きちゅう]

 宗教用語というのは、時代とともに変化することが多々ありますが、変化が「迷い」によって起こるものと、「覚り」によって純化・発展するものがある、という別には注意が必要となります。

 世間一般では上記の原因のうち「迷い」の比重が高く、「喪」もその例に漏れません。
 辞書で「」を引いてみると――


1:死亡した人を追悼する礼。特に、人の死後、その親族が一定期間、世を避けて家に籠り、身を慎むこと。親疎によってその期限に長短がある。・・・2:わざわい。凶事。

[広辞苑]より


死んだ人の身内の人が、ある期間、他との公的な交際を避けること。

[新明解国語辞典]より


人の死後、その親族が身を慎むこと。古くは喪屋にこもって別火の生活を送り、髪や髭も伸びるにまかせたという。喪は忌と服に分かれ、時代による変化を伴ないながらも近世まではきびしく守られてきた。元来は死者の魂の復活を願う強い気持ちから生まれたものと思われる。

[百科事典 マイペディア]より


会意。[こく]と亡とを組み合わせた形。哭は口口[けん]と犬とを組み合わせた形で、口口[けん][さい](神への祈りの文である祝詞[のりと]を入れる器)を二つ並べた形、犬は犠牲(いけにえ)として供えられる犬。亡は手足を曲げている死者の形。葬儀に臨んで、[さい]を並べ犠牲の犬を供えて泣き弔うことを喪といい、「しぬ、も、もにつく」の意味となる。

[白川静 常用字解]より


(解字):喪は「哭(なく)+口二つ+亡(死んでいなくなる)」をあわせた会意文字で、死人を送って口々に泣くことを示す。ばらばらに離散する意を含み、相(二つにわかれる)と同系のことば。また、[](ばらばらになる)はその語尾の縮まったことば。

[学研漢和大辞典]より


とあり、「喪中」は「喪に服している期間」となっています。

 さらに、「喪」は「忌」と並行して語られています。
 「」は――


忌: いみはばかること。きらい避けること。「忌避・禁忌」
忌中: 近親に死者があって、忌にこもる期間。特に死後49日。

[広辞苑]より


忌: 親族などの死後、晴れがましい場に出ることなどをつつしんでいること。(期間)
忌中: その家のだれかが死んで、家人が慎んでいる期間。[普通 四十九日ないし三十五日間で服喪期間は終わるが、次に迎える正月は欠礼する慣行になっている]

[新明解国語辞典]より


形成。音符は[]。・・・己は折れ曲がる形であるから、ひざまずいて体を曲げる姿勢をいい、忌はそのような姿勢でつつしんで神に仕えるときの心情、思いをいう字であろう。禁忌(けがれがあるとして禁止すること。タブー)を守り、身を清め、つつしむことを「いむ」という。いみを避ける、けがれを避けるという意味から、やがて「いまわしい」(縁起が悪い、いやな感じがする)というように意味が展開していった。国語では「いまわしい」とよむ。

[白川静 常用字解]より


(解字):己[キ]は、はっと目だって注意を引く目じるしの形で起(はっとたつ)の源字。忌は「心+[音符]己」の会意兼形成文字で、心中にはっと抵抗が起きて、すなおに受け入れないこと。

[学研漢和大辞典]より


などというように、死を嫌い、死を避ける感情をそのまま是とし、結果として、晴れやかな行事に参加することを開催側が避けさせ、遺族はその意を受けて、一定期間世間に出ることを避けさせられ、家に籠らされていたのです。

 これは「中有」(死の瞬間から次の生を受けるまでの中間の時期)の思想と相まってより強固な儀礼となりました。ちなみにこれは正統な仏教思想ではなく、むしろカースト制度や外道思想を批判した中で引用されているのですが、後の人たちが批判精神を受け継がず、霊の概念を固定化・実体化し、霊魂として既成事実のように受けとってしまったために起こった誤りで、今もその悪影響が払拭されていません。

 なお「忌」と「喪」の違いについては――

「忌」:
平安時代に定めた「延喜式の細目」に、「死の穢は49日」と規定している。家族の死の不浄を持つ者は、49日の間、外の人と接触してはならないと定め、この49日の間、社会的に色々な行動を慎む事を強制された間を「忌中」と言うのである。
「喪」:
自発的に故人のために、自分の行動を慎むことを「喪」と言う。喪中は、明治7年太政官布告の「服忌令」に、たとえば父母・夫は13ヶ月、妻は6ヶ月というように期間が定められたが、忌は必然とするが、喪に服さないからといって、社会的に制裁される事はない。
との資料があります。平たく言えば、「忌」は強制、「喪」は自発的な慎みです。

 喪中や忌中が、上記の誤った思想に基いて行われたとき、果たして遺族は本当に心慰められ、生きる力を回復し、心豊かになれるのでしょうか。また周りの人たちは、この儀礼を通じて、遺族と新たな関係を築くことができるのでしょうか。

 現実問題として言えば、ある一定の効果は認めなければならないでしょう。親しい人の死を経験した親族などにとっては常日頃と同じ心境で居られるわけはなく、煩わしい世間の慣習等から一定期間解放されることができるので、その効果を無視することはできないからです。

 ただしこうした儀礼も、形ばかりが固定化し、生活を窮屈にしている面も否めません。さらに、儀礼の軸となる人生観や世界観が迷信に偏っていたり、周囲の人たちが消極的な姿勢で臨んだのでは、喪が「冷淡な遠慮」となる懸念があります。「死者を出した家人は一定期間、悩み悲しんでいなくてはいけない」という、ステレオタイプなレッテルを貼れば、その悲観的レッテルに遺族が支配され、周囲も悩みの解決に関して積極的になれない要因となってしまいます。

 これは、迷信と不勉強が招いた結果といえるでしょう。現状打破のためには、人々を縛る迷信を排除し、遺族の身心や日常生活の回復に周囲が積極的になる必要があります。さらに、死別の厳しい縁を仏縁の徳に転じ、求道の起点となるよう努力することが求められます。

 覚りの眼で見た喪中・忌中

 浄土真宗は、親鸞聖人の姿勢に見習い、迷信排除の方向を示していて、これは他宗の追随を許さぬほど峻烈です。

五濁増のしるしには
この世の道俗ことごとく
外儀は仏教のすがたにて
内心外道を帰敬せり


かなしきかなや道俗の
良時・吉日えらばしめ
天神・地祇をあがめつつ
卜占祭祀つとめとす

『正像末和讃』100,101 悲歎述懐

 そこで、友引の葬式を避ける等の日柄を選ぶような習俗や、茶碗を割ったり清め塩を用いる習慣や、道理に外れた占いなどを信じる等、様々な迷信・俗信を批判してきました。
 なぜなら、「自灯明・法灯明」という尊い主体や普遍的道理を、迷信は蔑ろにし、生きる方向を見失わせてしまうからです。迷信の打破ということは、一朝一夕に成せるものではありませんが、普段の活動の積み重ねによって社会に広めていくことが大切なのでしょう。

 そうすると、「喪中」についてはどのように考えればよいのでしょう。喪中であっても年賀状を出してもいいのか、積極的に出すべきなのか、逆に世間一般に習って喪中葉書を出す方が良いのでしょうか。

 実は、喪中といいますのは、本来(元来ではない)、如来の本願を通して、ご逝去された方と新たな出会いを果たす期間であり、そのために、世間の慣習等を破っても大目に見ていただける期間であり、遺族に対する周りの優しさをあらわすものでした。いわば、宗教的継承期間と位置づけることができるでしょう。
 年賀状についていえば、「宗教的に重要な日々だから、年頭の挨拶を出すことができなくても仕方ない」と、周りから大目に見ていただける期間であるわけです。ですから、「喪中葉書を出す元気があるのなら、年賀状を出しても構わない」とも言えるでしょう。

 しかし仏教は、一理にかたよって全体を忘れてはならないことも教えます。理論と現実が遊離しては徳を得ることはできません。喪中の期間を有効に使い、ご逝去された方の遺徳を偲び、導かれ、如来の本願をより一層深く領解・体解させていただくというのは、とても重要な経験であるわけです。

 また、「普段の年と同じように年賀状を出す」ということは、如来と私の関係においては問題ありませんが、親戚や友人との関係においても同様かは、その人の普段の生き方や徳・実績が問われていきます。つまり、「教義上問題ない」ということと、「現実に問題がない」ということは、関係はあっても、関係性の種類が違ってきます。専門用語で言いますと、「理事無礙法界」と「事事無礙法界」にあたり、ここで問われるのは「事事無礙法界」についてであり、親戚や友人の胸に私の姿がどう映っているか、ということを離れて答えを出すことはできません。喪中でも年賀状を出す状況にまで成っているのか、ということを鑑みる必要があるでしょう。

 そうすると「年賀状を出すか出さないか」に問題があるのではない、と分ります。出す意味はどこにあるのか、出さない意味はどこにあるのか、と問い、周りとの関係性の上に自分が育てられる事実をしっかり見極めて日日を重ねていく、ということが肝要なのでしょう。

 新たな喪中・喪中葉書の提案

 以上、基本的な姿勢を述べてみましたが、もし喪中葉書を出すとすれば、どのような形にすれば良いでしょう。
 一般的な喪中葉書の場合、たとえば――

喪中につき年頭の
ご挨拶ご遠慮申し上げます
 ○月○日に父○○が永眠いたしました
 茲に賜わりましたご芳情を厚くお礼申し上げますと共に
 明年も変らぬご交諠のほどお願い申し上げます

というような文面になっていますが、これでは、習俗に従って挨拶を遠慮すると言いつつ、実際には、年頭にする挨拶を今年中に済ませておく、という慌しい挨拶になってしまっています。また、「永眠」という言葉からは、先に挙げました<喪が「冷淡な遠慮」となる懸念>を抱かせます。
 本当は、仏縁を通して故人と新たな出会いが展開する、というように、喪中を有意義な期間として理解したいわけです。こうした気持ちを表そうとすれば、たとえば以下のような文面はいかがでしょう。

喪中につき年頭の
ご挨拶ご遠慮申し上げます
 如来の本願を胸に
 本年往生(還浄)致しました母○○の遺徳を偲び
 深く信心領解させていただきたいと願っております
 茲に賜わりましたご芳情を厚くお礼申し上げますと共に
 明年も変らぬご交諠のほどお願い申し上げます

   年  月  日

拝啓、慈光照護のもと貴台益々ご清祥のことと存じます。
 さて、本年○月○日に、夫○○ が
私たちに愛別離苦、諸行無常の教えを伝えお浄土に往生致しました。
 ここに、貴殿よりいただきましたご厚情に深謝致しますとともに
明年も変らぬご交誼を賜りますようお願い申し上げます。

   年  月  日

皆さまにお世話になりました妻○○が、本年○月に還浄いたしました。
 いまだ寂しさは去りませんが、ともにお念仏喜ぶ日々が思い出され、
苦難の人生を通してこその真実報土であると、
今ひしひしと領解させていただいております。
 ここに賜わりましたご芳情を厚くお礼申し上げますと共に
明年も変らぬご交諠のほどお願い申し上げます

   年  月  日

等を基本に、故人の人となりや、思い出のひとつでも記されれば良いかと思います。

 また、もし年賀状を出されるのでしたら、相手によっては「喪中ではありますが」等、何か一言添える必要はあるでしょう。
 死別がご遺族にとって悲痛な重大事であることに宗旨の別はなく、この察するに余りある感情を考慮し年頭の挨拶をするのですから、文面は各自の置かれた立場や状況 信心領解が表れる場となるわけです。世間の慣例を無視し過ぎる行動には、ある程度の風当たりも覚悟しならないでしょう。


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