平成アーカイブス <旧コラムや本・映画の感想など>
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平成14年5月8日
最近、長時間音楽を聴く毎日が続いている。かつて山で遭難死した弟の残したテープを片っ端から聞いているのだ。
弟は生前、作曲の勉強をし、室内楽などを作る一方、高校時代からバンドを組むなどして数々のライブやセッションを行い、また演劇の音楽を担当するなどの活動をしていたため、大量の音楽テープが残っている。以前は弟の音楽にさして興味が無かった私だが、今年の6月に久々の年忌法要が勤まる関係で、残っているテープをCDに起こし、縁のあった人たちに配ることにしたのだ。
この計画は当初さほど大したことではないように思えたが、大量のテープの中から音を選ぶのは困難な作業である。何度も聞きなおし、最も録音状態の良いものを選び、各トラックの音量を調節しながら作業する。そして音をパソコンで取り込んだ後も、編集や焼き付けが残っている。大体その音楽というのも、ビートの効いたものが大半で、静かに落ち着いて聞く類のものは少ないのだ。おかげで鼓膜の奥では耳鳴りが常駐してしまっている。
それやこれやで徹夜の作業が続いていたため更新がままならなかったが、ようやく一息ついてこのコラムを書く余裕が出てきた。
ちなみに、私は「癒し」という言葉が以前は好きではなかった。何かに癒されるということは、どこか“逃避”のイメージがつきまとうからだ。<現実の解決は現実の深い底を見つめてこそ為されるべきだ>、というのが私の信念である。
しかし音楽は一種「癒し」を期待して聞かれることが多い。中にはそれを売りにしている音楽家もいるが、こういうのに限ってやたらスローテンポで、思わせぶりで、じれったくてストレスさえたまる傾向にある。好きな音楽を聴けば結局生きる力を後押ししてくれるのだから、他人からは騒音に聞こえても、本人がいいと感じることが全てではないかと思う。つまり、ことさら「癒し」を持ち出すのは、それ以外に感動する内容がない、冗長な音楽だと、図らずも発信者側が暴露していることになりはしないだろうか。
ところがである、2ヶ月ほど前から私は感情をコントロールすることが困難な状況が続いて、かなりストレスがたまっていた。血圧が上がり、眠りも浅く、集中力も散漫になっていた。そんな折に弟の音楽を整理する作業にかかったのだが、不思議なことに、音に集中すると、身体から余計な力が抜け、自然にストレスも解消されていったのだ。これも一種の癒しなのだろうか。
さらに、セッションなどは最初「うるさい音楽」と思っていたが、何度も聞いていると、演奏者の気持ちや方向性がつかめてくる。音を自由に操ることの素晴らしさが分かると、創造の息吹が私の身にも満ちてくるのを感じるのだ。
こうして音に深入りすると、音を通して<その時代に弟は確かに生きていた>ということが再確認できるのみならず、<今も私の中に存在する弟のいのち>が確かに響いてくる。ノスタルジーに
このように、音楽は実に不思議な作用をもたらす。しかし残念ながら、今この音楽の癒しを一番必要とする人がその恵みを受けていない。それは両親で、弟の残した音楽をまだ一度も聴いていないのだ。
実はこれには原因があり、忌明けの時に作品をテープにまとめて縁のある人に配ったのだが、楽しく騒いでいる作品と調和の取れた曲を混ぜてまとめたため、とある知人から痛烈な批判を浴び、それを聞いた両親は、テープを聴く気が失せてしまったのである。
両親とも、他人の意見が気になる性分なので、私が「いい曲が多いし、面白いから聞いてよ」と言っても未だに耳を貸さない。元々音楽を聞いて楽しむ習慣がないことも遠因だが、まとめ方が悪かった私のせいでもある。
こうした経緯から、今回は、関係者に配るものと、それ以外の人にも聴いてもらえるものを別に用意することにした。関係者にはなるべく多くの作品を網羅するが、一方では厳選して編集するものも作る予定だ。
しかし、弟の音楽を聴いて心が癒されたのは、私が兄弟だったからかも知れない。親の心は兄弟と違って容易には癒えないかも知れない。同じ家族の中でも、負った傷の深さは確実に違うのだ。
そうした懸念は確かに消えないが、私の出来る範囲のことは全力でやっておこうと思っている。それくらいのことしかできない私であるし、こうして小さないのちをつなぐ作業こそが、見えないけれど文化の雫となって、いずれどこかで咲く花に潤いを供給することになると思うからだ。
「おかげさま」と喜ぶいのちは、おかげさまに還ってゆくいのちでもある。
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